エースの罠
第1章プロローグ

私は、目の前に座っている女の子を、じっと見つめている。その子もまた、黒い眼鏡越しに、不安そうに私のことを見つめている。 とりあえず、後れ毛をまとめ、唇をぎゅっと噛んだ。 その子も、そうした。 まばたきをしたら、その子も、そうした。 「エミーったら。もうにらめっこは済んだ?」 後ろから声が聞こえて、はっとした。 「いい加減にして! あんた、もう5分もにらめっこしてるのよ! ほんと、気味が悪い!」 鏡越しに、親友をちらっと見た。 私のベットの端に腰を下ろし、腕を組んで、こちらをにらみつけている。 鏡に映る自分に視線を戻すと、 「どうかな、ベス。 彼、この格好気に入ってくれると思う?」 「2時間もかけて、おめかししてから? そうね、気に入ると思うわ。 エミーのこと、拒絶するはずないわ。永遠の愛を告白すればね」ベスの隣で座っている、もう一人の親友、キャシーは請け合った。 拒絶。 何年もの間、悪夢のごとく何度も私を悩ませてきた、この言葉。 今日この日を、6年間ずっと待っていた。 彼がその言葉を告げた日から、 ずっと。 今回も、私のことを拒絶したら…どうすればいいのだろう。 フラッシュバック〜 「エース、私の王子様になってくれませんか?あなたのプリンセスになりたいの」 9歳の誕生日に、兄の親友のエースがシンデレラドレスをプレゼントしてくれたとき、彼にこう聞いた。 すると彼は、ばかげた質問だと笑い、すっかり振られたと思った。 でも、私のがっかりした顔を見ると、かがみこんで、あの冴えた灰色の瞳で、私のターコイズブルーの目を覗き込んだ。 「君は、僕のプリンセスさ」 「ほんとう?」 クリスマスツリーのように、ぱっと気持ちが輝いた。 「それって、私と結婚するということ?」 彼は唇を噛み、楽しげな眼をして答える。 「ごめん、ローズバッド! 結婚はできない」 「どうして?」 ふてくされた顔で、きき返す。 「それはつまり、まだその時じゃないってことさ。 君は若すぎるからね」 「じゃあ、その時って、いつ?」 期待に胸をふくらませて、エースを見つめる。 「バラのつぼみ、ローズバッドが花開くように、君も大人になったらね」 フラッシュバック終わり〜 バラが花開く日を、心待ちにしていた。 でも、その時はいつなのだろう。 忘れないように、彼がくれた言葉を日記に書き留めた。 私たちは、もう大人なんだから恋人くらい作れるわよと、キャシーは言った。 確かにキャシーは、14歳ですでに彼氏がいたし、15歳の今の彼は、もう4人目だ。 私だってわかっている。エースはあの日、9歳の傷つきやすい少女の心を傷つけまいと、取り繕ったに過ぎないということを。 でも、そんなことはどうだっていい。 今日こそ、私の気持ちを告白するの。 今回は、本気なんだから。 「エミー、とても魅力的よ! ウェーブのかかったロングヘアの方が好きだったけど、 こっちの髪型も悪くないわよ」ベスは感想をのべた。 腰まであった髪を肩の長さまでバッサリと切り、ウェーブをストレートに整えた。 テスと瓜二つ。 姉のテスと、兄のトビアスは双子で、 もちろんエースはテスとも、とても仲が良い。 以前エースが、テスの髪型がお気に入りというのを聞いて、 私も、テスそっくりの髪型に変えたってわけ。 テスはブロンドで、私は栗色だけど。 「今はショートヘアが流行りだし、 エースはショートヘアが好きなの」マニキュアを塗ったつめをチェックしながら答えた。 それもテスとそっくりになるように。 エースには、自分の好みがある。 今まで彼が選んだガールフレンドはみな、姉に似ている。 美しくて上品。 そう、私は彼女たちに嫉妬していた。 でも、いつも付き合いは長くは続かなかった。 私たちが一緒になれば、エースの人生には私だけ。 そう思うと、頬が赤くなる。 だから、姉そっくりのガールフレンドになろうと心に決めた。 ところで、エースは私だと気づくかしら? その証拠に、今日の格好はまさに、 テスの洋服に、テスのスタイル。 テスの部屋に忍び込み、大切にしている香水をくすねることだってした。 「ねえキャシー、このドレス、みじかすぎない?」 テスと同じ服を着たかったが、なんだかどこか物足りない気がする。 テスは、ぴったりとしたミニドレスが、とてもお似合いなの。 体つきも、グラマラスで、スタイル抜群だけど、 私ときたら、痩せこけている。 まあ、まだ15だから仕方がないんだけどね。 「とんでもない! こんな素敵なドレスを着ているのだもの、いちころよ! エースにエミーの魅力を、気がつかせたいんでしょう?」 キャシーは眉をつりあげる。 「そうね!」 私は深く息を吸って、うなずく。 そうこなくっちゃ、エミー! あんたなら、できるわよ! 「よし、じゃあ行こ! 急がないと、お兄さまとお姉さまをお迎えできないわよ」通りを歩きながら、キャシーの甲高い声が響いた。 今日は兄と姉の19歳の誕生日。 ハットン家のパーティは、決まって豪華と評判なので、 皆、この特別なイベントに喜んで参加した。 この町の名だたるファミリーは、だいたい招待されている。 玄関ホールに到着すると、そわそわして、 手汗も出て、ドキドキしてきた。 今夜エースと会うと思うと、緊張する。 それに、このみじかすぎるドレスのせいで、ますます居心地が悪かった。 招待客たちにまぎれたパパとママを見つけた。 いつもと変わらず、二人は寄り添い、 互いの腰をぴったりつけている。 結婚して20年経っても、二人は深く愛し合っている。 その様子を見て、明るい気持ちになった。 私とエースが、いつかそうなったら… 「エミー!」 ママの声でわれに返った。 私はにっこりと笑いながら、ゆっくり近づいた。 「まあ! なんてこと! 私のかわいい赤ちゃんが、すっかり美人になって!」 ママの顔から、まばゆいばかりの笑顔がこぼれる。 「そうよね」 私は、頬を赤らめた。 「もちろんよね! もっと派手にしてもいいくらいだわ!」 パパは何も言わなかった。 娘の今の格好が、あまり好きじゃないみたい。 いつものスタイルじゃないだから。 「お姫様、パパが買ってあげたガウンはお気に召さなかったかな?」 パパは口を開いた。 気に入ったわ。 とっても。 でも、エースの好みじゃないの。 「もちろん、気に入ったわ!パパ。 でも…それに似合うジュエリーが見つからなくて」と嘘をついた。 パパはうなずく。 ママには、お見通しのようだ。 私がアキレス・バレンシアに思いを寄せていることは、ママも、みんなも知っていた。 でも片思い以上だということは、誰も気がづいていない。 私が7歳のとき、兄のトビアスから紹介され、出会ったその日から、アキレスは、私の愛しの王子様になった。 ぼんやりとした記憶の中で、その日のことは今でもはっきりと覚えている。 そして、学校のいじめっ子から助けてくれたときから、私のヒーローとなり、 いつしか、私の心そのものになった。 思わず頬が紅潮して、顔を隠したくなる。 エースは、どこにいるのかしら? あたりを見回した。 そろそろ着いてもいい頃なのに。 先月、彼とチェスをしたとき、今晩来てくれるって約束してくれたし、 今まで私との約束を破ったことは、一度もなかった。 かつては、毎日のように我が家に遊びに来くれた。 でも、去年あの悲劇が彼の一家を襲ってからというもの、しだいに足が遠のいていって、 エースは変わってしまった。 かつては、おっとりして陽気だったのに、だんだん怒りっぽくなってしまったけれど、 私に対しては、変わらず優しかった。 月に一度は、遊びに来てくれて、 チェスをすることだってある。 テスとトビアスがスポットライトを浴びて、華々しく階段を降りてくると、招待客たちは歓声をあげた。 トビアスは、黒のタキシードがよく似合い、テスは、ピンクのミニ丈の妖精のドレスを身にまとい、さながら本物の妖精のようだ。 友人たちが一斉に拍手し、あちこちで口笛を吹くと、二人はカメラマンと集まった人たちに微笑みかけた。 でも、まだエースの姿は見当たらない。 私は席を外して、あちこちと探し回った。 どこにいるの? 「わっ!」 がっしりした胸にぶつかり、よろめき、 私の腰に両腕が回った。 「す、すみま…」見上げると、喉に息がつかえた。 冴えた灰色の瞳が、私を見おろしている。 濃い無精ひげはきれいに剃られ、くっきりとした顎があらわになっている。 漆黒の髪はバックに整えられ、今日は右眉にリングはなかった。 凛々しい目の下にくまがあり、前よりいくぶん痩せてはいたが、それでもなお、彼は息をのむほどハンサムだった。 「ローズバッドなの?」 私を起こすなり、彼は額にしわを寄せた。 唇を固く閉じて、私の姿をじろじろと見つめている。 「何という服だ?」 ギリシャ語のアクセントがきつくなった。 怒るといつもこうなる。 私は、瞳を大きく見開いた。 この格好、気に入らないのかしら? 「ねえ、どうして? 似合わない?」 私は唇をかんだ。 「気に入ってくれると思ったのに」 私の髪型と濃いめの化粧を一瞥すると、さらに眉をひそめた。 それから、首を横に振り、 「俺がどう思おうと、関係ないよ、エメラルド。 好きな服を着ればいいのさ」 そう言い残すと、立ち去った。 すっかり落ち込み、 あらためて自分の姿を見てみた。 どこがいけないの? どうして、そんなによそよそしいの? エースのお父さまが亡くなってから、こんな風になってしまった。 私たちもあまり詳しい事情を知らなかった。というのはエース家の人々は、プライベートなことをあまり話さないから。 だから、エースのお父さまに本当は何が起こったのかは、誰も知らないままだ。 どんなことが起きたにせよ、大好きなエースは別人のようになってしまった。 それは私にとって、辛いことだった。 私は、二階に駆けあがり、パパが新調してくれた白のガウンに着替え、メークを落とした。 地味な格好に満足すると、すぐに階下に戻った。 キャシーとベスの険しい視線を無視して、またエースを探した。 兄と姉は、友達とのおしゃべりに夢中だったけれど、エースの姿はなかった。 「やあ、エミー!」 トビアスが声をかけた。 にっこりしながら、兄たちの方へ向かう。 「何か忘れてない?お嬢ちゃん」 くすくすと笑いながら、兄を抱きしめた。 「お誕生日おめでとう!」 兄に抱き上げられて、思わず歓声を上げた。 「僕のプレゼントはどこだい?」 そうきくと、私を床におろした。 トビアスは、私のプレゼントを喜んでくれた。 実際、ケーキ作りを習い始めてから、私が焼くレッドベルベットケーキが大好きだったから。 そしてエースも。 「パーティのあとで食べてね、 冷蔵庫の中にあるから」そう伝えて、ちょっと群衆の方へ視線を戻した。 すると、テーブルのそばにエースが立っている。 彼は飲み物を片手に、何か考えごとをしているようだった。 「誕生日おめでとう!」 テスに腕をからめて、お祝いを伝えた。 「ありがとう!」 テスは、私の手を引くと、 「着替えたの?」と言って、 私のガウンを、まじまじと見つめた。 その時、友人のマークが、挨拶代わりにエースの背中をポンポンとたたいたが、 無視された。 すると今度は、エースのグラスに手を伸ばすと、鋭くにらみつけられ、後ろに一歩退いた。 「うん、そうなの! ちょっと着心地が悪くて」と私はうつろな表情で答えた。 視線はエースにくぎ付けのままだったけど。 「すぐに戻るわね」 私が行こうとすると、テスが私の腕をつかんで、友達には聞こえない所まで連れてきて、そっときいた。 「今晩、告白するつもりなんでしょう?」 私は思わず、えっ!と声を上げた。 どうして知っているの? 「やめなさい」姉はきっぱりと言った。 「いい思い出にならないから」 むっとして、姉の腕を振りほどいた。 「さあね。 姉さんに何がわかるの?彼も私のことが好きかも」 「ふざけないで、エミー! 優しいからって、あなたにとくべつな感情を抱いているわけではないのよ」 彼女の声は、癪にさわった。 「わかっていると思うけど、妹として気にかけてくれているのよ、恋人としてじゃなくて。 だから愚かなことをしないで、彼を困らせるから。 エースは、いろいろ大変なの」 姉の言葉が、胸にぐさりと刺さる。 確かに彼が優しいのは、妹として愛しているからだと、半ばあきらめかけていたところもある。 でも、本当はそれ以上の気持ちがあると思う。 愚かでナンセンスな考えかもしれないけれど、希望を捨てないで、と自分に言いきかせた。 とにかく確かめてみないと、わからないじゃない? 「困らせたりなんかしないわ。 姉さんに、何がわかるのよ。 じゃあ、パーティに戻って楽しんできて、放っておいてくれる?」 姉と同じ口調で言い返した。 姉の青い瞳が、きらりと光りを放つ。 「エメラルド、彼に近寄らないで。 あなたのものじゃないんだから」 とうとう、怒りがこみ上げた。 「何と言われようが、やりたいようにやるだけよ、テス。 関係ないでしょ! もう、口出ししないで!」 きびすを返し、勢いよく立ち去った。 エースのそばまでゆっくり近づくと、深呼吸を1つして、髪を整えた。 今日告白することは、誰にも止められない。 「ねえ!」 私の声は急に弱々しくなり、自信はどこかに消え失せてしまった。 緊張して、お腹がキリキリしてくる。 エースは、灰色の瞳をこちらに向けた。 今回は、見つめられても嫌な気持ちにはならなかったけれど、 嬉しくもない。 ただ、よそよそしい感じがする。 今は機嫌が悪いみたい。 今晩するべきかしら? 告白する勇気を出すには、もう精一杯だった。 今回のチャンスを見逃したら、次はいつかわからない。勇気というのが、いつも持ち合わせるものではないから。 「エース、今日はチェスをしないの? ずっと楽しみにしていたのよ」 試合をしたら、機嫌が直るかも。 ちょっと考えてから、エースは首を縦に振った。 「そうだね、いいよ。 パーティは退屈だしね」 私の顔は、笑顔で綻んだ。 「わかったわ、先に行って、ボードの準備をするわね。 いつもの図書館よね?」 エースは、お酒を一口すすってうなずく。 「もうすぐ行くよ」 興奮を抑えきれず、エースの首に腕を回し、抱きしめた。 かすかに煙草の香りが混じる、エキゾチックなエースの香りに触れて、目がくらみそうになった。 「待ってるわ」 とっさの行動に、エースは立ちつくして、 私の背中に、手を回しもせず、 深く息を吸ってから、私の肩をよけた。 「もう行け!」エースは、唇を一度まっすく結んでから言った。 うなずくと、図書館に飛んでいって、チェスボードの準備に取りかかった。 小おどりしたい気持ちを、なんとか我慢して。 とうとう気持ちを伝えるのだ。 愛してる、と伝えるの。 10分経っても、彼は姿を見せなかった。 それから20分経過しても、 ついに現れなかった。 エースがいつ来てもいいように待っていたから、誕生日のケーキカットさえも逃してしまった。 すぐ来るって言ったのに。 ため息をつくと、また階下に戻った。 パーティーは最高潮に達していた。 年配者はあらかたお暇して、若者だけが騒ぎ、ダンスやお酒に興じている。 キャシーは兄とダンスし、ベスは女の子たちとおしゃべりしている。 でも、彼の姿はどこにも見当たらない。 騒々しい音楽と、アルコールのきつい匂いで、吐き気がしてくる。 どこにいるの? 踊り疲れた人たちの間を縫って、バルコニーに向かって歩き出した。 そこにもいなかった。 チェスのことは忘れて、帰ってしまったのかしら? いいえ、忘れるはずないわ。 またため息をついて、自分の部屋に上がろうと思った。 また、別の日にお預けね。 引き返そうとしたちょうどそのとき、物音が聞こえた。 妙な物音がするので、 バルコニーには入らず、ドアで立ち止まる。 不審に思い、ゆっくりとバルコニーに足を踏み入れ、右手に視線を移した。 そして、背筋が凍り付いた。 心臓が止まり、息さえ苦しくなる。 目の前の光景を見て、手ががくがくと震えた。 エースは、両腕を彼女の腰にしっかりと巻き付け、彼女は両腕を彼の首にからめている。片方の手で彼の髪を触りながら、口を動かして激しいキスを交わしている。 互いの間に、1センチのすき間もないほど密接している。 二人のうめき声は、無数のナイフのごとく私の心臓を切り裂き、粉々に砕いていった。 足元がよろめき、涙がこぼれ落ちてくる。 エースは、さらに彼女を抱き寄せて、体のあちこちに手を這わせている。 胸が締めつけられるような思いがした。 思わず嗚咽が漏れそうになるも、口に手を当てて逃げ出した。 走って走って、自分の部屋に駆け込んだ。 ドアを閉めた後、苦痛に満ちた嗚咽を漏らした。 涙で視界はさえぎられ、胸が苦しくて、ずっと胸に手を当てていた。 自分の体が粉々に引き裂かれ、崩れ落ちるのを感じた。 ドアをノックする音が聞こえ、親友たちの心配そうな声がしたが、 答えることも、身動きすることもできなかった。 ただ、薄暗い部屋の床に倒れ、泣いていた。 二人の腕を絡みあっている光景が何度も脳裏をよぎり、一層辛くなる。 エースは気がついていなかったけれど、彼女は気づいていたわ。 彼女の裏切りを知って、ますます辛くなった。 他人への裏切りはまだしも、愛する人への裏切りは決して許されない。 なぜ私を裏切ったの? どうして? 一晩中冷たい床の上に横たわり、自分の心を抱いて、失った愛を嘆いていた。 姉が奪った愛を。 *** この物語はフィクションです。 登場する名称、人物、事件、地名等は架空であり、 実在のものとは関係ありません。 登場人物や出来事と類似している場合は偶然であり、一切関係ありません。

第2章帰省 (Part One)

腕時計をちらりと見る。 午前9時30分。 「お客さま、携帯電話の電源をお切りくださいませ。 飛行機はまもなく離陸致します」客室乗務員は、天使のような声で促した。 「はい、今すぐ」 申し訳なさそうに答えた。 うなずいて、乗務員は歩き去った。 「ママ、もう電話切らないと。 乗務員に2回も注意されたの」 「わかった、わかった! もう切るわね。 あと数時間で帰ってくるんですもの。 到着したら、空港の外で待っていますよ!」 ママの声から、興奮しているのがわかる。 すると突然、ホームシックに襲われた。 だって、もう2年も会っていないんだもの。 「その子と馴れ馴れしくしないように」と、後ろでパパが叫ぶ。 頭を振って、私は笑い声をあげた。 「では、 空港で会いましょう」 「愛してるよ!」 パパとママが声をそろえた。 「私もよ!」 ため息をついて、窓の外に視線を移すと、 別の飛行機が滑走路を離陸し、ちょうど空高く飛んでいくのが見えた。 それを見るのは、昔から大好き。 自分が離陸するときには、ひっくり返らないよう、いつも苦労するのだけれど。 そばで人が倒れて、思わず振り向いた。 苦しそうに、彼はシートにもたれた。 「お腹の調子はどう?」 と聞くと、額に汗をかき、頬も赤らんでいた。 「良くないよ。 ゆうべ、残りもののマカロニなんか食べなきゃよかった。 神よ! 誓います! もう二度と残りものには手をつけません」 彼は声を絞り出した。 かわいそうなやつ! こんな状況なのに、一緒に実家に来るなんて。 「ごめんね、ワーナー。 辛いのに、付き合わせちゃって。 やっぱり、残っているべきだったわね?」 すると、少年のような笑顔を浮かべた。 「そんなこと言うなよ。 今朝体調が悪いのをわかってて、一緒に来ることにしたんだから」 「一緒に来てと頼んだのは、私の方だし」罪悪感に苛まれた。 「冗談はよせよ。 君のためなら、何だってできるよ。 ほんの少し具合が悪い旅だけど、 もう薬も飲んだし、 今日中におさまるさ」 彼は私の手を握り、指を絡ませる。 私は、感謝の気持ちを込めて微笑んだ。 「愛してるよ」私の目を見つめて言った。 笑顔が消えそうになるのを何とかしのいで、彼の手を握り返す。 ちょうど乗客にシートベルトを促すアナウンスがあり、気まずい思いをせずに済んだ。 私たちは、付き合い始めてもう6ヶ月。 大学に入学してから知り合いになり、 すぐに親友になったわ。 私は、誰と付き合っても1週間以上続かなくて、誰かと関係を築くことはできないと思っていたの。 でも、ワーナーが友人の集まりに誘ってきたときは、断れなかった。 彼は、女の子が理想とする彼氏の条件をすべて満たしている。 つまり、ハンサムで知的、謙虚なうえに正直。 そして、一番大切なのは、私のことをよく理解してくれている。 そういうわけで、彼と知り合ってから、かれこれ3年が経った。 だから交際を申し込まれて、イエスと答えたの。 でも、たとえワーナーが何千回、愛を告白してくれても、私から気持ちを伝えることは、どうしてもできない。 彼のことは嫌いじゃない。好意を抱いているし、 素晴らしい人よ。 ただ、深い愛情を抱くには、もう少し時間が必要なんだと思う。 だから、今はその日が来るのを待っているの。 「お客さま、コーヒーはいかがですか?」 その声で、現実に戻った。

第3章帰省 (Part Two)

「お茶はありますか?」 *** 4時間半という長いフライトの後、ようやくカリフォルニアに到着すると、両親は待ち合わせの場所で待っていた。 「おかえり」と書かれたプラカードを掲げて、ママは会うなり、いつにもまして私を熱烈に抱きしめた。パパの方は、やっと帰ってきたことに安心している。 今回は、たった2週間の帰省だけど。 高校進学のため、ニューヨークに越すと決心した日から今まで、パパは私のことをずっと心配してくれたし、 ママも気を揉んでいた。 確かに、遠く離れて暮らすことは、簡単なことではなかったけど、この町で暮らす方が、私にとっては辛かった。 傷ついた心を癒すには、時間が必要だった。 それに、距離も。 あの夜の記憶が蘇るたび、心を閉ざし、記憶の奥に葬り去った。 この7年間、ずっとそう過ごしてきた。 そうして、前を向いて進んできた。 「おかえり!かわいいお嬢ちゃん」 敷居に足を踏み入れるなり、兄のトビアスが、骨が折れそうになるくらい、ぎゅっと抱きしめた。 「おや! 大人っぽくなったなあ!」と兄が言った。 その言葉に呆れて、兄を見ている。 「2ヶ月前に会ったばかりじゃない」 「そうだな。でも会いたくて仕方がなかったから、ずいぶん長い間会っていないように感じるよ」懐かしさで目を潤ませながら、兄は答えた。 私はにっこりした。 出張でニューヨークに来ると必ず、会いに来てくれたけれど、 私も、ずっと会いたいと思っていた。 「私は別に会いたくないわよ」 と、生真面目な表情を装って彼をからかった。 兄はくすくす笑いながら、青ざめた顔で10分おきにトイレを往復するワーナーに目を向けた。 ワーナーは、今にも気絶しそう。 父と握手をする前にトイレに駆け込むことになってしまい、とてもバツの悪い顔をしている。 これこそ、両親に印象づける方法! 両親との顔合わせがうまくいくように、と願っていたけど、 もうパパは、ワーナーをこれ以上嫌いになれないわ。 「ワーナーは、あまりにもいい人すぎる」と、パパは電話で言っていたっけ。 どういうわけか、パパは私が交際していると言っても、賛成してくれなかった。 「やあ、ワーナー! お会いできて嬉しいよ!」 トビアスがワーナーに横から抱きついた。 「君、大丈夫? 具合悪そうだね」 「たいしたことないです、ちょっとお腹の調子が悪いだけで。 お兄さんにお会いできて光栄です」 突然、何者かがワーナーの腸にパンチを入れたかのように、表情がねじれた。 「ええと、すみません…」 「右に行って、そのまま真っすぐ。最初のドアです。 ゲストルームを使ってください」パパは不機嫌そうに教えた。 「ありがとうございます」と言って、彼は走っていった。 私はため息をついた。 事情を、パパに説明しなくては。 ワーナーは、まだパパの口調に気づいてないけれど、すぐ気づくだろう。 「お気の毒ね」とママはぽつりと言って、さりげなくパパに責めるような視線を送ったが、パパは無視して部屋に入っていった。 ママはかぶりを振って、私の目を見つめた。 「エミー、お部屋に上がって休んできたら。 ママ、何かさっと作るわね」 私がうなずくと、ママは、パパの後に続いた。 間違いなく、パパの意見を聞くつもりだ。 階段を上がるとき、トビアスが私の肩に手をかけた。 「それで? あの彼と続けるつもり?」

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