「「ぼーいずらぶ?」」 :宇藤(うどう):千世(ちせ)と、弟の:泰志(たいし)は揃って素っ頓狂な声を上げた。二人の目の前に居る人物――:福津(ふくつ):廉佳(れんか)に向かって。 「廉にぃ、どーゆーこと?」 弟がわざわざ手を挙げて尋ねる。千世もちょうど同じことを訊きたかったところだ。 「どーもこーもないさ。BL、つまりボーイズラブ。そのまんま男同士の恋愛ってこと」 「えっと……、僕たち『びーえる』のモデルになるためにここに呼ばれたんだよね……?」 ついさっき、廉佳から「二人でうちに来てくれないか?」と電話を受けたので飛んできたのだが、部屋に入った途端こんな会話が始まってしまって、脳での処理がまだ追いつかない。 「そ。やってくれないか?」 千世は頭を抱えた。:比喩(ひゆ)ではなく、本当に困り果てて、廉佳のベッドに座ったまま膝の上に肘をついて頭の重さを支える。 年子の千世と泰志は、隣の家に住む廉佳と幼い頃から仲良くしていた。彼は今大学三年生で、千世より二つ年上だ。そんな、幼馴染みであり頼れるお兄さんといった存在の廉佳の口から『ボーイズラブ』なる単語が飛び出してくるとは夢にも思っていなかった。 まさか廉佳が――千世の初恋の相手が、そういうものを描いているなんて。 「やっても良いけど、廉にぃが描いてる漫画見せてくんない?」 さっきからなぜか興味津々の泰志が身を乗り出す。 廉佳が昔からゲームや漫画、アニメといったコンテンツが好きなことや漫画を描いていることは知っていた。だが彼の描く漫画を見たい、と言っても「まだ下手だから」の一点張りでイラストすら見せてくれなかったのに、どういう風の吹き回しだろう。
「良いよ、ほら」 廉佳がベッドの下の収納スペースから茶封筒を取り出して、その中に入っている漫画の原稿を差し出してくれた。 「ありがとー」 泰志が受け取った原稿用紙を覗き込むと、予想していたよりはるかに整った絵が目に飛び込んできた。学園ものとみられるその漫画は、いかにも優等生といった黒髪の少年と、そんな彼とは正反対の金髪の少年が主な登場人物のようだ。 「うわ、下手とか言ってたのに全然そんなことないじゃん。フツーに上手いよ」 言おうとしていたことを泰志が先に言ってしまったので、千世はうんうんと頷く。キャラクターは表情豊かで生き生きとしているし、背景の描き込みもしっかりしている。 漫画に関しては素人の千世でも、廉佳のものが下手ではないとすぐに分かった。 「僕も、廉佳さんの漫画上手いと思うよ」 廉佳のことを子供の時のまま「廉にぃ」と呼ぶ泰志とは違い、千世は中学に上がったあたりからは気恥ずかしくて「廉佳さん」と呼んでいた。その頃には既に彼をただの幼馴染みとして見られなくなっていたせいもあるが。 「うーん、実はその漫画、あるレーベルの新人賞に応募したら最終選考で落ちちゃってさ」 「え、そうなの?」 千世が二十年かかっても描けなさそうなものが、最後の最後で落選してしまうなんて。 「講評貰ったんだけど、『画力はあるが設定にオリジナリティーが足りない。キャラの心情をもっと丁寧に描写した方が良い』だってさ」 「へぇ……」
正直千世にはどこが悪いのか分からなかったが、プロの目は違うのだろう。そもそも普段読まないジャンルだから、設定にオリジナリティーがないと言われたところで、どんなものがありきたりな設定なのかすら不明だ。 だが彼が今まで隠してきた漫画を見せ、BL好きだということをカミングアウトしてまで千世達にモデルを頼むということは、よほど行き詰まっているはずだ。 「それで、俺たちはどんな何をやれば良いの?」 「もう二、三ページめくるとさ、出てくるだろ。その……そういうシーンが」 原稿用紙を持っていた泰志が、言われるままにページをめくる。すると、廉佳が言う『そういうシーン』が現れた。 そこでは登場人物二人の思いが通じ、口付けを交わしているところだった。 性的なことに淡泊な千世は、思わず顔を赤らめてしまう。 (す、すごい……。でも男同士とはいえ恋愛モノなんだから、キスの一つや二つは当たり前なのかな?) 泰志がさらにページをめくる。 「っ!」 千世は反射的に顔を手で覆っていた。 昔から恥ずかしがり屋で、すぐ顔が赤くなってしまう上に中性的な顔立ちの千世は、女の子との接点も極端に少なかった。こんな性格だから思春期の男子が興味を持つことも、照れが勝まさってしまい手を出せていない。つまりは、そういうことだ。