白いスープと雲の街
チャプター 1 裏の畑

あれは小学校5年生の夏の時だった。  暑い日差しの中。  裏の畑で友達とできの悪いスイカたちとスイカ割りをしていた。  海を知っている。  でも、僕たちは行った時はなかった。  大きな入道雲。潮の匂い。地平線まで続く大海原。想像はするけれど、ここは山に囲まれた小さい町。御三増町。 「右。左。もうちょっと左。あ、そこだ」  目隠しをして、棒切れを持った僕は友達の篠原君の言葉を頼りに、数十歩先のスイカを見事に一振りで割った。  スイカはパカリと割れて、中の真っ赤な実と種が辺りに散乱した。  スイカの匂いが強くなって、同時に緑の匂いと日差しの蒸し暑さが漂った。 「篠原君はいいね。篠原君の声を聞いていると、スイカのところへ簡単に行けるよ」  篠原君はタイガースの帽子を目深にかぶって、「当たり前だよ」と言った。 「篠原君。こっちもお願い」  藤堂君も目隠しをして、棒切れを構え。蒸し暑いスイカの匂いで嗅覚が駄目になる場所で、右へ三回クルクルと回る。 「もっと、右」 「こっち?」 「そっちは左。その反対」  いつもの学校帰りの遊びだったけれど、この日は空の傾く陽を気にしないほど夢中で遊んでいた。 「今度は藤堂君と篠原君の番。僕はここからスイカの場所を教えるよ」  遠くのカラスの鳴き声を聞いたようだけど、僕は今が何時だろうとは、その日は気にもとめなかった。  藤堂君と篠原君は畑に散乱するスイカの中央で目隠しをして、クルクルと回った。僕は友達にスイカの場所を教えようとしていた。  いつの間にか僕の鼻は、スイカの蒸し暑い緑の匂いとは違う異様な腐った臭いを吸い込んでいた。普通なら気付かないくらいの微かな臭いだ。  畑の奥で野菜がにょっきりと顔をだして、杉林の日蔭で暗闇が覆っているところだ。  蒸し暑い大根の葉の匂いに混じって、血生臭い腐臭が僅かに混じっている。僕は友達を残して、散乱しているスイカを足でどかして畑の奥へと歩いて行った。臭いがしていそうな畑の土を棒切れで掘り起こしてみた。  それは、小さい手だった。  初めは小さい白いカカシの手だと思ったけれど、臭いがそうじゃないと言っていた。人参や茄子が植えてあるところだ。杉林に近いところには大根が顔を出していた。  僕はしゃがんで更に土を掘り起こすと、今度は顔がでてきた。こちらを見ているようだ。あるいは空にある天国を見ているような綺麗な目をしていた。僕と同じくらいの年の男の子と女の子たちの顔だった。

チャプター 2 生きているの?

僕はそれらを観察し、他の部分の土を掘り起こすと、同様のものがでてきた。二つの綺麗な顔と三つの精工な人形のような手足。陶器のように真っ白な四つの胴。それらが生きている。そう、動いているんだ。  目は空を見つめ。何か言いたそうな口が少しだけ開閉している。手は握ったり開いたりして、胴体は呼吸をしているかのようにゆっくりと起伏をしていた。肉の切断面には赤黒い塊が所々に付着している。  やはり、微かな腐臭が漂っている。 「石井君。こっちにスイカがありそう? 石井君どこにいるの?」  遠くの篠原君が右に振り返っていた。目隠しをしているから僕が何をしているのかは解らない。 「石井君。足でスイカをふんじゃったよ。ちゃんと声を出してよ」  そんな友達の声が僕の耳に響いた。  ここから3メートル先の藤堂君は目隠しを取ろうとしていた。  僕はハッとして、素早くそれらを土に埋めて何事もなかったように、藤堂君と篠原君のところへと走って行って。もう遅いから帰ろうとだけ言った。  西の方の空には真っ赤な夕焼けができていた。  杉林の暗闇から男が一人こちらを見ていた。  僕の家はこの裏の畑に面している。  二階建てで、真っ白いペンキの家だったのだけれど、父さんが急に白い家だと金持ちだと思われるからと緑色のペンキを塗ったんだ。  白い家のほうが清潔でいいんだ。けれど、汚れが目立ってくるからけっこうペンキを塗り重ねしないといけないし。と、父さんが言っていた。  僕は藤堂君と篠原君と別れると。玄関を開けて真っ直ぐに二階へと駆け上がった。僕の胸にはざわざわとした捉えどころのない靄がいっぱい詰まっていた。吐き気や心臓の鼓動は何故か緩やかな波のようで、大して気にしなかった。  階段を上がって二階には四つの部屋がある。右側には二つの部屋があって、一つは妹の部屋。一歳年下の亜由美の部屋だ。もう一つは八畳間の和室になっていて、おじいちゃんの部屋だ。  左側にも二つ部屋があって僕の部屋と父さんと母さんの部屋がある。父さんと母さんの部屋には一度も入ったことがない。多分、そこも和室になっている。  おじいちゃんは昔、将棋の県大会で6年連続優勝をしていた。  僕は何か解らないことがあると、決まっておじいちゃんに話していた。 「よお。こんなに遅くにまで遊んでいたのかい?」  皺だらけで、ずる賢さが見え隠れしている顔の大柄のおじいちゃんは、ずる賢い顔を引きつって猿のように笑っている。薄い紫色の胸元を開けたポロシャツ。上質な鼠色のズボンを履いていた。真夏を過ごす恰好をしている。相手の幸助おじさんと、部屋の隅っこで将棋を打っていた。  和室にパチンと音がすると、幸助おじさんが唸りだす。  幸助おじさんは、いつも仕事帰りのようでお侍のような恰好をしていた。  そうだ幸助おじさんは隣町で剣術の師範をしているんだ。  僕はいつもの日常に、不思議と心のざわざわとした靄がなくなりだした。緩やかな吐き気や心臓の鼓動はぱたりとなくなっていた。 「……う……う、う」  幸助おじさんはまだ唸っている顔をして将棋盤に集中していた。  そんな唸り声を聞いていると、まるで石でできたような溝が深い顔の幸助おじさんが僕に首を向けた。

チャプター 3 バラバラ

「今は夏だから遅くに帰ってもいいんじゃないの」  と、幸助おじさんは和室の壁の古時計を見た。  午後の6時40分だった。  和室には窓が二つあって、どちらも夕焼けの空からの涼しい風が心地よく通り抜けていく。押入れには使い古した布団と、おじいちゃんの大切なたくさんのトロフィーが隠してあった。茶箪笥には毎日一階からお湯を僕が持ってくるお蔭で、おじいちゃんの大好きな番茶がしまってあった。小型のテレビは部屋の隅っこにある。  幸助おじさんは隣町から、仕事帰りにたまにふらりと家に来ては、おじいちゃんと将棋を打っていた。 「ねえ、おじいちゃん。例え話だけれど……。子供はどれくらい水の中に入っていられるの?」  おじいちゃんは将棋を打ちながら、 「ほんの十五分くらいさ。水の中では息ができないからね」 「じゃあ、意識がなくなるまで息が止まったら?」 「さあ……。酸欠になって脳が死ぬまで4分くらいかな」 「もしだよ……。生き埋めになった人がいるとしたら、どれくらい生きていられるの?」 「ええと……。確か生き埋めになった人は48時間を過ぎると死亡してしまうと言われているんだよ」  パチンと音がして、 「王手!」 「あー! やられた!」  幸助おじさんの叫びが聞こえてきた。  当然、おじいちゃんと何度戦っても将棋では幸助おじさんは敵わない。  僕はそれを聞いて、急いで二階の一番奥。この家で一番陽の当たる部屋。僕の部屋へと向かった。考えを整理するためだ。  掃除をしてないけど、いつも小奇麗にしている部屋だ。  机の教科書を整理して、あまり動かさないようにして、ベットの毛布も寝相が悪いから毎日朝起きたらちゃんと整えている。  床の埃は目に見えるものだけ、いつも海のポスターが貼られたゴミ箱に捨てていた。  朝になると、ちょうど顔を強く照らされる位置にあるベットに座って、僕は頭にあることを少し整理してみた。  人間って、バラバラにされても死なないのはあり得ないはずだ。  よくテレビでバラバラ殺人事件が報道されているけど、当然殺されてからバラバラにされているのは僕にも解るんだ。  では、殺される前にバラバラにされても生きていることができるのだろうか。  いや、違うはず。  昔、おじいちゃんが言っていたんだ。  人は心臓と魂が一番大切で、心臓から手足や頭が取れると人は死んでしまう。酸素や血液が通わなくなって、魂が死んでしまう。  そう言っていた。  では、何故あの子供たちは死んでいなかったのだろうか?  バラバラにされても見えない管で酸素や血液が通っているからだろうか?  でも、切断面は赤黒くなっていて僕にも管のようなものはなかったのが解る。  警察の人にこんなことを話してもいいのだろうか?  警察の人はきっと、バラバラ生き事件で捜査をするのだろうか?

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