『化け物』のいる家
第1章屋根裏の怪物

我が家の屋根裏には、一匹の怪物が閉じ込められている。 この怪物は私の実の兄で、両親の手によってそこに閉じ込められ、実に二十四年もの歳月が流れていた。 両親は私に、兄は頭がおかしく、深刻な暴力傾向があるため、他人を傷つけないように閉じ込めておくしかないのだと説明した。 しかしある時、私が誤ってその部屋に入ってしまうと、兄は私の口をぐっと塞ぎ、恐怖に満ちた顔で、あの二人は本当の両親ではないと告げたのだ。 01 三歳の頃にはもう、我が家の屋根裏に怪物が閉じ込められていることを知っていた。 正確に言えば、それは私の兄だった。 しかし、物心ついた時から、私は一度も兄に会ったことがなかった。 兄はずっと屋根裏の小部屋に閉じ込められており、両親は兄が病気なのだと言った。 彼は理由もなく人を傷つけ、知能に障害があり、深刻な暴力傾向を持っている、と。 兄が外に出て他人を傷つけるのを防ぐため、両親は兄を屋根裏に閉じ込めるという選択をするしかなかった。 私は、両親が兄のことで人知れず涙を拭う姿を一度ならず見てきた。 食事時になると、いつも母か父が食事を運んでいき、私がその小部屋に行ったことは一度もなかった。 兄が怖かったからだ。 幼い頃からずっと、屋根裏からは鉄の鎖が引きずられる音と、兄が絶えず発する低いうなり声が聞こえてきた。 それはほとんど私の子供時代のトラウマとなっていた。 「兄」という言葉は、私にとって悪夢そのものだった。 私はどの友人にも、兄の存在を話したことはなかった。 その日、学校から帰ると両親は外出しており、食事は冷蔵庫にあるから温めて食べなさいと置き手紙があった。 電話口で母は、絶対に屋根裏へは行かないようにと何度も念を押した。 もちろん、彼女に言われなくても、私があそこへ行くはずがなかった。 私にとって、そこは禁じられた場所だった。 私は食事を温め、ドラマを見ながら食べ始めた。 突然、屋根裏から鎖が引きずられる音が聞こえてきた。 兄だ! 私は眉をひそめ、無視を決め込んだが、階上からは苦痛に満ちた叫び声まで聞こえてきた。 その声はあまりに苦しそうで、聞いている私の胸まで苦しくなった。 兄は体の具合でも悪いのだろうか? 兄のことは好きではなかったが、それでも血の繋がった家族だ。 私は心の中の恐怖を抑え、階段を上って屋根裏へと向かった。 屋根裏は非常に狭く薄暗く、赤い木の扉には錠前が掛かっていた。 鍵のありかは知っている。母はいつも私に見られないように隠していたが、私はこっそりと見てしまっていた。 私はつま先立ちで本棚から一冊の本を取り出し、その中に挟まれていた鍵を取り出した。 重苦しいうめき声が扉の向こうから漏れ聞こえ、鍵が錠前に差し込まれるのと同時に、私の心臓も速く鼓動し始めた。 ついに、扉が開いた。 十八年間、私は初めてこの部屋に足を踏み入れた。 顔をしかめるほどひどい匂いが、鼻をついた。むせ返るような悪臭に、私は何度か咳き込んだ。 そこには、手足に鉄の鎖を繋がれた一人の男がいた。男は髭も剃らず、伸び放題の髪が顔のほとんどを覆い隠していた。 これが、私の兄。血の繋がった肉親。 兄の姿を見た時、想像していたような恐怖はなく、むしろ涙がこみ上げてくる衝動に駆られた。 「お兄ちゃん?」 私は小声で呼びかけた。 兄は荒い息をつき、口を開けて、シュー、シューという音を立てた。 その時、私は兄が話せないのかもしれないと気づいた。 しかし、彼の眼差しは私を傷つけようとしているようには見えなかった。 私は恐る恐る近づいた。兄に近づけば近づくほど、あの不快な悪臭は強烈になる。 私は兄の前にしゃがみ込んだ。「お兄ちゃん、何か私に言いたいことがあるの?」 兄は頷き、その目からは、なんと一筋の涙が流れ落ちた。 私は紙とペンを探し出し、彼に手渡した。 しかし、兄の手は傷だらけで、ペンを握ることさえできなかった。 兄は苦心してペンを口にくわえ、紙に一行の言葉を書き記した。 「あの二人は、俺たちの本当の両親じゃない」 02 その言葉を見て、私は一瞬にして凍りついた。 しかし、兄にその意味を問い質す間もなく、階下から両親がドアを開ける音が聞こえた。 兄の目に恐怖と混乱の色が浮かび、彼は視線で早く行くようにと私に合図した。 私は慌てて紙とペンを持って部屋を飛び出し、扉に鍵をかけ、鍵を元の場所に戻した。 両親が階段を上ってくる足音が聞こえ、私は急いで本棚の陰に隠れた。 幸い、両親は私に気づかず、鍵を取り出して扉を開けた。 彼らは食事を手に中へ入っていき、中からは再び兄のうなり声が響き渡った。 二人が出てくる前に、私は急いで階下へ駆け下り、トイレに隠れた。そして、ちょうどトイレから出てきたかのように装った。 母は私を見ると、にっこりと笑った。「何を買ってきたと思う?」 母の視線の先、テーブルの上には、私の大好物であるティラミスが置かれていた。 この十八年間、両親は外出するたびに、私の好きなケーキを忘れずに買ってきてくれた。 彼らの私への気遣いは、至れり尽くせりと言ってよかった。 幼い頃、一度三十九度の熱を出した時、母が三日三晩、つきっきりで看病してくれたことを覚えている。 こんなにも私を愛してくれる両親が、偽物であるはずがない。 しかし、兄の言葉が私の心に疑念の種を蒔いていた。 私は何でもないふりを装い、ケーキを食べながら、さりげなく尋ねた。「お母さん、小さい頃の、家族三人の写真ってある?」 母は笑って言った。「もちろんあるわよ。毎年家族写真を撮りに行ってたの忘れたの?ただ、あなたの可哀想な兄さんは……」 そう言うと、母は目を赤くした。 「私が言ってるのは、三歳より前の家族写真のこと」 私はゆっくりと言った。 母は驚いたように私を見た。「若若、どうして急にそんな昔の写真が見たくなったの?」 「最近、先生がテーマ別のHRを開くことになって、みんな小さい頃からの家族写真を持ってこなきゃいけないの!」 私は適当な理由をでっち上げた。 母は困ったように言った。「あなたが三歳になる前は、うちが一番家計が苦しかった時期なのよ。あの頃はカメラを買うお金なんてなかったわ」 私の心は沈んだ。 私が物心ついたのは三歳の時で、その頃の両親の姿は脳裏に焼き付いている。 しかし、よりにもよって三歳より前の家族写真がないのでは、兄の言葉が真実か嘘か、確かめようがない。 その時、父が深いため息をついて言った。「若若、お兄ちゃんの病気はますますひどくなっている。ここ数日、外に出たいがために、支離滅裂な嘘をでっち上げるようになったんだ」 「このところ、ずっとお兄ちゃんを治してくれるお医者様を探しているの。お母さんもお父さんも、将来あの子があなたの重荷にならないようにしたいのよ」 母は目を赤くしながら言った。 私の心は乱れていた。 会ったばかりの兄よりも、十八年間私を育ててくれた両親の方を信じたい。 彼らが私に注いでくれた愛情は、本物だった。 ケーキを食べ終え、私は部屋に戻り、上の空で問題集を解いていた。 来年は、私にとって極めて重要な一年になる。 しかし、私の脳裏からは、兄のあの苦痛に満ちた眼差しがどうしても離れなかった。 ノックの音がして、母が牛乳を一杯持って入ってきた。 「若若、一生懸命なのはわかるけど、ちゃんと休憩もとりなさい」 母は私の机に牛乳を置いた。 ケーキを食べたばかりでまだお腹がいっぱいだったため、今はあまり牛乳を飲みたくなかったが、母はそこに立ったまま、じっと私を見つめている。 「若若、冷めないうちに早く飲みなさい。お母さんがカップを洗いに行くから」 その眼差しは、どこか切迫しているようだった。 私ははっとした。思えば以前から母はいつもこうやって、私が牛乳を飲み干すのを待ちきれない様子で見つめていた。 「お母さん、そこに置いといて。後で飲むから」 母は不承不承といった様子で部屋を出ていったが、去り際に、必ず牛乳を飲むようにと何度も念を押した。 私の心に、この牛乳には何か問題があるのではないか、という考えがふとよぎった。 しかし、すぐにその考えを打ち消した。もう十何年も飲み続けているのだ。もし問題があるなら、とっくに何か起きているはずだ。 私は牛乳を手に取り、飲もうとしたその時、ふと視界の端に、ドアが少しだけ開いているのが映った。 振り返ると、母が蒼白な顔でドアの隙間に張り付き、無表情で私を見ていた。 03 「お母さん、何してるの?」 私は驚いて思わず声を上げた。 母は気まずそうに笑みを浮かべた。「あなたが牛乳を飲まないと、栄養が偏るんじゃないかと思って」 母のその態度は、かえって牛乳への疑念を深めさせた。 「お母さん、もうこんなに大きいんだから、そんなに心配しないで」 私はため息交じりに言った。 「わかったわ。でも、必ず飲むのよ」 母はそう言い残して去っていった。 私の心臓は激しく鼓動していた。すぐに牛乳をトイレに流した。 深夜、両親が寝静まったのを見計らい、私は再び屋根裏へと向かった。 抜き足差し足で鍵を開けると、兄は私を見て、ひどく興奮した様子だった。 兄の前には、まだ片付けられていない、今日母が持ってきたばかりの食事が置かれていた。 その料理を見て、私は心底驚愕した。 それは、私たちが食べ終わった残飯や残り物で、すべてがごちゃ混ぜにされ、不快な匂いを放っていた。 私が食べていた温かく美味しい食事と、兄が食べているこの豚の餌にも等しいものを思うと、私の鼻の奥がツンとした。 どうして両親は兄にこんな仕打ちができるのだろう? まさか、兄の言ったことはすべて本当なのだろうか? 「お兄ちゃん、父さんや母さんはいつもこんなものをあなたに?」 私は耐えきれずに言った。 兄は黙ったままだったが、それが答えであることはわかった。 成人男性であるはずの兄の腕は、私のものよりも細く、衰弱していた。 私はペンを兄の前に差し出した。真実が知りたい。 もしあの二人が本当の両親でないのなら、私の本当の両親はどこへ行ってしまったのだろう? 兄は苦しげにペンを口にくわえ、紙に歪んだ文字を書き連ねた。 「あの二人は、俺たちの両親を殺したんだ。お前がまだ二歳の時にな」 その言葉に、私は心臓が跳ね上がるほどの衝撃を受け、信じることができなかった。 「その時、俺は八歳だった。俺は奴らの顔を見てしまったんだ。だから奴らは、俺に病気の汚名を着せて、ずっとここに閉じ込めてきた」 「俺たちの母方の祖父が、ずっと前に銀行に莫大な資産を預けてくれていた。銀行は毎月決まった額を送金してくる。奴らはその金には手を出せない。だから俺たちを生かしておいたんだ。だが、もしお前に万が一のことがあれば、奴らは銀行に行ってその金を引き出せるようになる」 「奴らがくれるものは、飲み物も含めて、絶対に口にするな。きっと、遅効性の毒が盛られている」 一行一行、歪んだ文字が、恐ろしい事実を突きつけてくる。 兄は、その骨張った手を伸ばし、私の肩を掴んだ。 彼の眼差しは、固く、力強かった。 「お前が先手を打つんだ。あの二人を殺して、父さんと母さんの仇を討て」 それが、兄が紙に書いた最後の言葉だった。 まさにその時、階下でドアが開く音が聞こえた。

第2章父親の告白

私は慌てて部屋を飛び出し、鍵を元の場所に隠した。 背後から、兄のしゃがれた声が聞こえる。何かを私に伝えようとしているようだった。 父が私の部屋のドアを開けるのが見えた。私がいないことに気づくと、素早くトイレの方へ顔を向けた。 今からトイレに行っていたふりをするのでは、もう間に合わない。 闇の中に浮かび上がった父の顔は、ぞっとするほど険しかった。足早に屋根裏部屋へと向かってくる。 私は本棚の陰に隠れ、息を殺した。 父は鍵を取り出し、ドアを開けて中へ入っていく。 その場を離れようとした瞬間、私は自分が致命的なミスを犯したことに気づいた。 あまりに慌てていたせいで、紙とペンを部屋の中に置き忘れてきてしまったのだ! 背中にじっとりと冷や汗がにじむ。頭の中には、たった一つの考えしかなかった。 逃げろ! だが、もう遅かった。 気づけば、無表情の父が目の前に立っていた。 窓の外で雷が轟き、稲光が父の顔を照らし出す。 私の記憶の中にある慈愛に満ちた父の顔は、そこにはなかった。ただ、恐ろしいほどに歪んだ形相があるだけだった。 04 「若若、ここで何をしている?」 父に腕を引かれ、私はそこから引きずり出された。 恐怖に顔が引きつり、声も出ない。ただ父の顔を見つめることしかできなかった。 外は土砂降りで、雨粒が窓ガラスを激しく叩く音が部屋に響いていた。 「若若、どうして黙っているんだ?」 父の手が、私の頬に触れた。 いつもは温かいその手が、今は氷のように冷たくて恐ろしかった。 全身の震えが、どうしても抑えられない。 「若若、お前はこの部屋に入ったんだな?」 父は私の前にしゃがみ込むと、得体の知れない表情で言った。 こうなっては、もう認めるしかなかった。 私はおそるおそる頷いた。「お父さん、ごめんなさい……わざとじゃないの。ただ、お兄ちゃんに会いたくて……」 父は射抜くような鋭い視線で私を見つめた。「李若若、何度言ったらわかる。お前の兄は深刻な暴力傾向がある。非常に危険な存在なんだ。どうして中に入ったりした?」 「お兄ちゃんが危険なわけないじゃない!私が入らなかったら、あなたたちがお兄ちゃんにあんな酷いことをしているなんて、一生知らなかった!あなたたちは本当に私の両親なの?お兄ちゃんが書き残したあれは、本当に、本当に本当のことなの?」 怒りに任せて、私は思わず叫んでいた。 だが、口にした瞬間、後悔が襲ってきた。 父は私をじっと見つめている。その顔色は見る見るうちに悪くなり、頬が微かに痙攣したかと思うと、やがて長いため息を漏らした。 「……本当は、このことをお前に話すつもりはなかった。だが、お前ももう成人した。真実を知る権利があるだろう」 続く父の言葉に、私は耳を疑った。 「若若、実を言うと、あの中にいるのは、お前の本当の兄ではないんだ」 私は呆然と父を見つめた。 父はもう一度、苦しげに息を吐き、その表情を苦痛に歪ませた。 「お前の兄さんはな、お前がまだ二歳の時に死んだ。お前より五つ年上で、とても可愛らしい子だった」 「私たちはあの子に最高の教育を受けさせようと、大金をはらって名門の私立学校に入学させた。だが、まさかその決断が、あの子の命を奪うことになろうとは夢にも思わなかったんだ」 「あの中にいるのは……お前の兄さんを殺した、張本人だ!」 信じられない思いで父を見返した。「でも、あの人はどう見ても二十代くらいにしか見えないわ。どうしてお兄ちゃんを殺した犯人だなんて言えるの?」 父の瞳に、剥き出しの憎悪が宿った。「奴の名前は遅凌。お前の兄の同級生だった男だ。だがその正体は、反社会性パーソナリティ障害を抱えた狂人だ。入学の際、奴の母親は病状を隠していた。……奴が、石でお前の兄の頭を殴り、そして……そして息絶えるのをただ黙って見ていたんだ!」 父の呼吸が荒くなる。私の肩を掴むその手は、激しく震えていた。 「もし……もし、当時七歳だった奴に、ほんの少しでも人間性や良心が残っていたなら、お前の兄は死なずに済んだんだ。奴が見殺しにさえしなければ、お前の兄だってもう二十五歳になっていたはずなんだ!」 「だから……だからあなたたちは彼を捕まえて、ここに閉じ込めていたの?」 私は衝撃のあまり、かろうじてそう尋ねた。 「そうだ。我々は復讐しなければならなかった。遅凌は当時まだ七歳で、法律では裁くことができなかった。ならば、我々が裁きを下すしかない。あのような狂人を野放しにすれば、成長してさらに多くの人間を殺すことになる!」 父は蒼白な顔で言い切った。 私はその場にへなへなと座り込んでしまった。目の前で起きていることが、とても現実とは思えなかった。 「若若、遅凌がお前に話したことは、私も見た。……パパとママが悪かった。もっと早く、お前にすべてを話しておくべきだったんだ。奴が言ったことは、全部嘘だ!奴は悪魔なんだ!」 父は目を充血させながら訴えた。 「お父さん、もしそれが真実だとしても、もう十年以上もここに閉じ込めているんでしょう?彼はもう十分に罰を受けたはずよ。警察に引き渡すべきだわ!」 私は震える声で言った。 「気は確かか?警察に渡せるわけがないだろう。もしこのことが明るみに出れば、私とお母さんは刑務所行きだ。そうなったら誰がお前の面倒を見るんだ、若若!」 父は激昂した。 胸が激しく波打った。だが、心のどこかで父の言うことが正しいことも理解していた。 もし警察を呼べば、遅凌は哀れな被害者となり、私の両親は監獄へと送られることになる。 けれど、父が語ったことは、本当に「真実」なのだろうか? 05 「若若、父さんと母さんより、お前と何の血の繋がりもない人間の言葉を信じるというのか?」 父は胸が張り裂けるような面持ちで私を見た。 私は唇を開きかけたが、言葉が出なかった。確かに、誰を信じるべきか分からなかった。 もし父の言うことが真実なら、以前、母が私が牛乳を飲み干すのをどうしても見届けようとした態度が不可解だ。 しかし、もし兄の言うことが真実なら、私は今、非常に危険な状況に置かれていることになる。 父が私の頭を撫でようと手を伸ばしたが、私はそれを避けてしまった。 父は少し傷ついた様子で私を見つめる。「お前がすぐには受け入れられないのも分かる。だが、遅凌を外に出すわけにはいかない。あれは、お前の兄さんを殺した代償なのだ」 その時、母も階下に出てきたのが見えた。 母は階下に立ち、悲しげな瞳で私を見上げている。 両親のその眼差しに、私の心は一瞬にして揺さぶられた。 「父さん、母さん、二人を信じていないわけじゃない。でも、これはあまりにも受け入れがたいことなの」 私は重苦しい声で言った。 自分の両親が突然罪人となり、屋根裏にいる実の兄だと思っていた人物が仇だなどと、誰が受け入れられるだろうか。 「若若、もうおやすみ。このことはもうお前が関わることじゃない。私たちはもうお前の兄さんを失ったのだ。これからは、お前が健やかに育つのを静かに見守りたいだけなんだよ」 母が優しい声で言った。 その瞳は、私に懇願していた。 私は情にほだされた。心の中は非常に複雑で、両親のしていることが間違っていると分かっていながらも、私は自分の部屋に戻ることを選んだ。 ベッドに横になっても、どうしても眠れなかった。脳裏に焼き付いているのは、屋根裏の兄が見せた、あの絶望的でありながらも固い意志を宿した眼差しだった。 あのような眼差しを、本当に反社会的人格の人間がするだろうか? 私は勢いよく身を起こした。自分で真実を探し出すと決めた。 どちらかが嘘をついているのなら、嘘をついている側は、家の中にたとえ些細なものでも証拠を残しているはずだ。 私はそっと両親の寝室のドアを開けた。 二人とも、すでに熟睡しているようだった。 抜き足差し足でクローゼットに近づき、扉を開ける。 幼い頃、両親が大切な証明書類をここにしまっていたのを覚えていた。 ゆっくりとクローゼットの引き出しを開けると、案の定、中に身分証明書を見つけた。 私はほっと息をついた。身分証の写真は、父と母の顔だった。 二人の言ったことは本当で、私の両親は本物の両親なのだ。 身分証を元に戻そうとした、その時。一番下に二つのファイルが押し込まれているのが目に入った。 そのファイルを手に取った瞬間、私の手は震えを抑えきれなかった。 それは、私立病院の整形手術に関する二つのカルテだった。記録によれば、私の両親は一九九八年に顔の整形手術を受けている。それはちょうど、私が二歳の時だった。 呼吸が荒くなる。あまりにも都合が良すぎる。私が二歳の時に、両親が二人とも整形手術を受けているなんて。 なぜ整形する必要があったのか? ぞっとするような考えが、心の底から湧き上がってきた。――除非、彼らは今とは違う二つの顔を必要としていた。 突然、一人の手が私の肩に置かれた。 私は勢いよく振り返った。暗闇の中、両親が背後に立ち、無表情に私を見下ろしていた。 06 「若若、もう寝なさいと言ったでしょう。明日は朝の補習があるのよ」 母の視線が、私の手の中にある整形手術の報告書に注がれた。 「これは何?」 私は手にした報告書を突きつけた。 「何もかもが都合よく、私が二歳の時に起こっている。二歳以前の家族写真は一枚もなくて、二人はちょうどその年に整形している。何を隠そうとしているの?!」 私は感情的に叫んだ。 父と母は顔を見合わせ、やがて父が震える手で、クローゼットからさらに二つの書類を取り出した。 それは二通の入院報告書で、重度の火傷といった内容が記されていた。 「このことは、私たちもずっとお前に隠していた。お前が二歳の時……それは、お前の兄さんが亡くなった年でもある。あの一年、私たちは訴えもむなしく、わずかな賠償金しか受け取れなかった」 「絶望のあまり、私とお母さんは、死ぬことまで考えてしまった。私たちは人気のない郊外を選び、自分たちの体にガソリンを浴びた……」 「その時、そばに寝かせていたお前の泣き声が聞こえて、私とお母さんははっと我に返った。必死で近くの川に飛び込んで、それでどうにか命だけは助かったんだ」 母が涙を流しながら口を開いた。「若若、あの時の無責任な私たちを許しておくれ。今思えば、私たちは本当に、どうしようもない親だった」 母は震える手で私の手を握った。 その手には、幾筋もの皺と、かすかなシミが刻まれている。 この年月、母は私を慈しみ、心を尽くして育ててくれた。 私が毎朝七時に学校に着くようにと、母は六時に起きて豪華な朝食を用意してくれた。 父は雨の日も風の日も送り迎えをしてくれ、私が道すがら凍えたり暑さに苦しんだりしないよう、いつも気遣ってくれた。 私は唇を噛みしめると、涙がぽろぽろとこぼれ落ちた。 父が震える手でズボンの裾をまくり上げると、そこには恐ろしい火傷の痕が無数に刻まれていた。 父がこれまで一度も半ズボンを履かなかったのは、この火傷の痕を隠すためだったのだ。 「若若、お前は私たちの何より大切な宝物だ。私たちがお前を傷つけることなど、決してない」 父が声を詰まらせながら言った。 私は頷き、鉛のように重い心を引きずって、自分の部屋に戻った。一睡もできなかった。 翌日、父はいつも通り私を学校へ送ってくれたが、私は校門をくぐらなかった。 父の車が遠ざかるのを見届けると、すぐにタクシーを拾い、家へと引き返した。 私は屋根裏部屋へと直行し、鍵を取り出してドアを開けた。 「遅凌!」 私は叫んだ。 07 男はゆっくりと顔を上げ、私のことを見つめている。その名前に全く心当たりがないかのように、困惑した表情を浮かべていた。 「あなたは遅凌。私の兄を殺した犯人よ!」 私は冷え切った声で叫んだ。 男の顔に不可解な色が浮かび、やがてその表情は、泣き顔を無理やり歪めたような、痛々しい笑みへと変わった。 彼は私を真っ直ぐに見つめ、顎をしゃくってそばに来るよう促す。 一瞬ためらったが、私は意を決して彼の前まで歩み寄り、紙とペンを手渡した。 男は紙の上で、ゆっくりとペンを走らせる。 「奴らは君をそう丸め込んだのか?」 「李若若、君は騙されている。俺は遅凌じゃない。君の兄さん、李淮だ」 「あの事件は、確かにあった。遅凌も実在した。だが奴らは、狡猾にその概念をすり替えたんだ。遅凌こそが奴らの実の息子で、この俺が、あの事件の被害者だった」 「あの日、遅凌は石で俺を殴りつけた。だが、俺は死ななかった。もみ合ううちに、俺は過ってあいつを川に突き落としてしまったんだ。泳げないとは知らなかった。人を呼びに行った時には、もうあいつは……死んでいた。俺に落ち度はない。わずか七歳の子供の行動だ。完全に正当防衛だった」 「だが、遅凌の両親はそうは考えなかった。奴らは俺たちへの復讐を選んだ。あの雨の夜、家に忍び込み、父さんと母さんを殺し、俺を屋根裏部屋に閉じ込めた。そして、俺たちの両親に完全になりすますため、自分たちの体に火を放ち、全身を整形することさえ厭わなかった」 「君が二歳の時、父さんと母さんは家族写真を撮りに連れて行ってくれたのを覚えているか?あれも、後から奴らにすべて燃やされてしまった。若若、俺は君の兄さん、李淮だ。俺が、李淮なんだ!」 李淮が語った、両親から聞かされていたものとは全く異なる真相を前に、私は再び、底知れぬ衝撃と混乱の渦に突き落とされた。 一体、どちらが嘘を吐いているというの? 08 李淮の瞳から涙がこぼれ落ち、汚れきった頬を伝って幾筋もの痕を描いた。 彼は絶望と懇願の入り混じった眼差しで私を見つめ、嗚咽を漏らす。 そして、再び紙に何かを書き始めた。 「君はもう成人した。奴らは今、手段を選ばず君を殺そうとするだろう。若若、今夜だ。奴らが君を手に掛ける準備をしているのを、俺は聞いてしまった」 「夜、奴らが帰ってきたら、川へ遊びに行こうと誘うはずだ。君は泳げないだろう?それに、重度の水恐怖症でもある」 李淮の言葉に、私は幼い頃の記憶を呼び覚まされた。 かつて、父に連れられて川へ遊びに行ったことがある。その時、父のほんの些細な不注意から、私は水の中でもがき、数分後にようやく助け出されたのだ。 李淮の目を見つめながら、考えれば考えるほど、心臓が凍るような恐怖が込み上げてくる。 まさか、あの時の父は――故意に? わざと私を水恐怖症に陥らせ、この十八年間、私が泳ぎを習うことに抵抗するように仕向けた。 すべては今日、私が川で溺れ死ぬという筋書きを、ごく自然に見せかけるための布石だったのだ。 爪が、掌に食い込むのも構わなかった。あり得べき真実の姿が、私の体の芯まで凍らせていく。 だが、これは李淮の一方的な主張に過ぎない。すべてが偽りである可能性もある。彼こそが遅凌で、李淮ではないのかもしれない。 彼は反社会性パーソナリティ障害の持ち主なのだ。知能指数も相当高いに違いない。このすべてが、彼の策略である可能性は否定できない。 彼の教育は七歳で止まっているかもしれないが、その知性は同年代を遥かに凌駕しているかもしれないのだ。 「奴らの名前は遅建と李夢蘭。人間というものは、自分の名前を呼ばれれば、無意識に振り向くものだ」 李淮は紙に、最後の一文を書き記した。 私は、彼の意図を悟った。 名前を呼び、彼らを試せと――彼は、私に最後の切り札を託したのだ。 09 私は学校へ戻り、放課後に父が迎えに来るのを静かに待っていた。 放課後。 父の車に乗り込むと、今日は母も一緒だった。 二人の顔には、楽しげな笑みが浮かんでいる。 母が親しげに私の手を握りしめた。「最近、色々なことがあったでしょう。だから家族三人でどこかへ遊びに行って、気分転換しましょ」 込み上げる恐怖と不安を必死に押し殺し、私は尋ねた。「どこへ行くの?」 「古城河よ。あなた、ずっとあそこへ行ってみたいって言っていたじゃない?ちょうどお父さんもお母さんも今日は仕事が忙しくないから、連れて行ってあげる」 運転席の父も、振り返って私に微笑みかける。「最近は勉強のプレッシャーも大きかっただろう。少し羽を伸ばして、川辺でも散歩しよう。お前が好きなドローンも持ってきたぞ」 やはり、川へ行く気なのだ。 全身が震える。李淮の言っていたことは、おそらく全て真実なのだ。 彼は遅凌なんかじゃない。私の兄で、今や私に残されたたった一人の肉親。 して、隣にいるこの二人は――本物の怪物だ。 私の両親という皮を被り、今まさに私に牙を剥こうとしている。 「お父さん、私が水が一番苦手だってこと、忘れたの?」 私はゆっくりと口にした。 父の、ハンドルを握る手がぴたりと止まった。「もちろん覚えているさ。だが、お前が子供の頃からずっと古城を見たがっていたことも覚えている。心配するな、私たちがしっかり守ってやるから」 両親は私の異変に気づいた様子はなく、母に至ってはショート動画を眺めながら鼻歌を口ずさんでいる。 私はずっと窓の外を眺め、そして、何気ないふうを装って小さく呟いた。「遅建、李夢蘭」 その瞬間、甲高いブレーキ音が車内に響き渡った。 父と母が、二人とも無表情で私を振り返る。その眼差しは、まるで見ず知らずの他人に向けられるものだった。 その時、私は全ての真実を悟った。 李淮――私の兄の言っていたことは、すべて本当だった。 この人たちは私の両親じゃない。遅凌の両親なのだ。 母がぐっと顔を寄せてくる。その目は大きく見開かれ、白目が異様なほど剥き出しになっていた。 「若若、今なんて言ったの?」 私は作り笑いを浮かべ、心の底の恐怖を抑えつけた。「さっき読んでた小説にその名前が出てきたの。綺麗な名前だなって思って、口に出してみただけ」 父も母もそれ以上は何も言わず、車は再びゆっくりと走り出した。 車内は、息が詰まるような沈黙に支配された。 だが、私の決意は固まっていた。やるなら、こちらから仕掛けなければ。 幸い、備えはしてある。 私のスクールバッグの中には、一本の果物ナイフが忍ばせてあった。 10 古城河はもともと観光名所の一つだったが、最近は訪れる人もまばらになっていた。 私たちが到着したのがすでに午後9時だったこともあり、あたりには清掃員のほかには誰もいなかった。 父と母は弁当箱とスナック菓子を取り出し、シートの上に並べていく。 「若若、こっちへ来て座りなさい」 母が笑いながら手招きする。 その顔に浮かぶのは、心からの笑み。 おそらく、ようやく私の手から逃れ、祖父の遺産を手に入れられると思っているのだろう。 私は彼女の隣に腰を下ろした。 夜風が冷たく、私の心も同じように、不思議なほど冷え切っていた。 確かに、いつかこの古城に来てみたいと思っていた。だが、その時に一緒にいるのが、私の両親を殺した凶手だとは夢にも思わなかった。 兄を監禁した、敵だとは。 ポケットの中には、果物ナイフを忍ばせている。 私はポケットに手を入れ、ナイフの柄を強く握りしめた。 手のひらからゆっくりと血が滲み出したが、その痛みが逆に私を極度の緊張状態に保っていた。 父は真っ暗な川面を眺めながら、感慨深げに言った。「お前が小さい頃、ひどく水を怖がっていたのを思い出す。ずっと泳ぎを習うのも嫌がっていたが、あれからもう何年も経ったんだな」 「さあ、今度はお父さんが手を引いて川辺まで連れて行ってやろう。若若の手を絶対に離したりしないから」 父が私に手を差し伸べる。 私は笑ってその手を取ったが、その目に笑みはなかった。 「お母さんも、一緒に来ましょう」 私は母に手を差し伸べる。 母は一瞬戸惑ったが、すぐに私の手を握った。 私たちは、まるで本当の家族のように、三人で川辺へ向かった。 真っ暗な水面を見つめていると、恐怖を感じないと言えば嘘になる。 幼い頃に水の中でもがいた記憶が蘇り、あの窒息するような感覚に心臓が狂ったように速く脈打った。 だが、今は生き延びたいという思いが恐怖に打ち勝っていた。 絶対に生き延びて、兄を助け出す。 その強い思いは、この二人の化け物が私を水中に突き落とそうと手を伸ばした瞬間、頂点に達した。 私はとっくに警戒していた。ポケットからナイフを取り出すと、即座に父の腹部を突き刺した。彼は驚愕の表情で私を見つめる。 母が獣のような叫び声をあげ、死に物狂いで私に襲いかかってきたが、彼らは何の武器も持っていなかった。 やがて彼女も力なく地面に倒れ、胸を押さえた。 私は屈み込み、二つの顔を見下ろして、静かに言った。「遅建、李夢蘭」 遅建は無様な笑みを浮かべた。「……やはり、知っていたか」 「だが、お前はまだ一つの秘密を知らない……」 彼は私の耳元で囁いた。 しかし、言葉を言い終える前に気を失ってしまった。 李夢蘭はすでに血の海に倒れていた。 「さようなら」 私は冷ややかに二人を見下ろし、容赦なくとどめを刺した。 三十分後。 私は家に戻っていた。 兄の体に巻かれた鉄鎖を解くと、彼は感極まった様子で私を抱きしめた。 私は兄にスマートフォンを渡し、文字を打つように促す。 しかし、兄は私に向かって首を横に振った。「実は、ずっと口がきけないふりをしていたんだ。彼らを油断させ、僕が真実を話すはずがないと思い込ませるために」 「私が……彼らを殺した」 その瞬間、私はもう堪えきれず、兄の胸に顔をうずめて声を上げて泣いた。まるで、本当の十八歳の少女のように。 兄は繰り返し私を慰めた。「警察に行こう。君は成人したばかりだ、これは正当防衛になる」 長い間歩けなかったせいで、兄の足取りはおぼつかなかった。私は彼の体を支える。 「兄さん、これは正当防衛じゃない。過剰防衛になる。私は刑務所に入らなきゃいけない」 冷静さを取り戻すと、私の心は重く沈んだ。 彼らを殺してしまったことを、すでに後悔していた。警察に引き渡すこともできたはずなのに、一時の怒りに任せて殺してしまった。 教育が七歳で止まっている兄には、事の重大さが分かっていないようだった。彼は長い間黙り込んでいた。 やがて兄は辛そうに私を抱きしめ、声を詰まらせながら言った。「兄さんが待ってる。祖父さんが僕たちに残してくれた遺産は、ちゃんと守っておくから」 「明日、まずは銀行に行こう。警察に見つかる前に、君の名義でお金を全部引き出すんだ」 そうして、私たち兄妹は一夜を明かした。兄は、私が二歳になる前の、まだ知らなかった両親の話をたくさんしてくれた。 私の両親は二人とも中学校の教師で、とても優しく、善良な人たちだったらしい。 彼らは私と兄を深く愛し、毎日公園へ遊びに連れて行ってくれたという。 私は兄の胸に寄り添い、今、この上ない安心感に包まれていた。 「おやすみ、若若。もう疲れただろう」 兄が優しく言った。 私は目を閉じた。 けれど私は気づかなかった。暗闇の中、冷たく私を見つめる視線があったことには。 11 翌日の午前九時。 私は銀行を訪れ、祖父が遺してくれた遺産を無事に引き出した。 なんと1億円もの大金だった。 なるほど、彼らが十八年間も薄っぺらい愛情を注ぐふりをして私を育てたのは、この金のためだったのだ。 それもそうだろう。ほとんどの人間が、一生かかっても稼げない金額だ。 私はキャッシュカードを手に、外へ出た。 「警察署に行こう、お兄ちゃん」 私が静かに言うと、 兄は頷き、私たちは二人並んで警察署へと向かった。 その途中、私たちは一本の川を通り過ぎた。 私はそこで足を止めた。 不意に、私は川の流れを見つめながら、穏やかに微笑んで言った。「ねえ、お兄ちゃん。知ってた?私、水が怖かったことなんて、一度もないのよ」 振り返ると、兄の強張った手が宙を掴み、私を水中に突き落とそうとした姿勢のまま固まっていた。 その瞳に映るのは、恐怖と驚愕の色。 「お兄ちゃん、今、何をしようとしたのかな?」 私は微笑んだまま、一歩、また一歩と彼ににじり寄った。 李淮の顔が恐怖に引きつる。 彼は慌ててスマートフォンを取り出し、警察に電話をかけた。 「ここに殺人犯が……」 だが、その言葉は最後まで紡がれることはなかった。 「言い忘れていたわ。遅建と李夢蘭は死んでいない。私が殺したわけじゃないのよ」 私は笑みを浮かべて言った。 李淮が目を見開く。「あの二人がお前に話したのか……」 「いいえ、何も。私は最初から知っていた。あなたがお兄ちゃんじゃないってこと。ううん、そもそも私に兄なんていなかったってことを」 私がそう言って微笑むと、 李淮の顔色はみるみるうちに悪くなり、ついには血の気を失って真っ白になった。 遠くからパトカーのサイレンが聞こえてくる。彼はその場に崩れ落ち、力なく私を見上げた。「いつから……いつから気づいていたんだ?」 12 全ての真相 二歳のとき、両親は私が他の子とは違うことに気づいた。 ほかの子がまだ言葉を覚えている最中に、私はすでに大人と流暢に会話を交わし、文字を学び始めていたのだ。 両親に連れて行かれた病院で、医師は私の脳の発達に驚嘆し、天才だと称した。 母方の祖父は、私の父のことをひどく嫌っていたが、私のことは心から可愛がってくれ、亡くなる前に莫大な財産と遺言書を遺してくれた。 私が十八歳になったとき、その遺産の全てが私に譲渡される、と。 私の両親は高等教育を受けており、男尊女卑の考えなど持ち合わせていなかった。二人目を望むこともなく、全ての愛情を私一人に注いでくれるつもりでいた。 だから、私に兄も弟もいない。 私は、家でたった一人の小さなお姫様だったのだ。 二歳のある日、我が家に招かれざる客が二人、押し入ってきた。 私はすぐに彼らが誰であるか分かった。 幼児教室の入り口で朝食を売っていた若い夫婦だった。母が私を教室へ連れて行った際、一度だけそこで朝食を買ったことがあった。 彼らには子供もいた。私より数歳年上の男の子で、汚れた顔をしたその子は、まるで犬のようにそばに繋がれていた。 男の子が不憫で、まだ言葉も話せない様子を見た母は、夫婦に2万円を渡し、あの子に良くしてあげてほしいと頼んだ。 そのときの彼らが、母に向けていた羨望と貪欲に満ちた眼差しを、私は今でも覚えている。 彼らは卑屈な態度で、男の子を連れて私の両親に金を無心した。 両親はもちろん断った。 そのとき、私はクローゼットの中に隠れていた。 夫婦の態度は一変し、凶暴な本性を現した。彼らは私の両親を縛り上げ、銀行カードの暗証番号を言わなければ私を殺す、と脅した。 私を守るため、両親は暗証番号を教えた。だが、人の性がどれほど残忍なものか、両親は分かっていなかった。 夫婦は、結局、両親と私を殺すことを選んだ。死の間際、両親は私の命を救うため、あの莫大な財産のことを夫婦に話した。 そうして私は、かろうじて生き永らえた。 二歳の私に何が分かると、彼らは高を括っていたのだろう。両親は出張に行った、自分たちは両親の友人で、世話をしに来た、一年経てば両親は帰ってくる、と嘘をついた。 彼らは私の両親に成り代わるため、自らの体を焼き、その火傷を利用して整形手術を受けるという方法を選んだ。 だが、悪には悪の報いがあるのだろうか。彼らの子供――あの男の子は、学校で何者かに撲殺された。 怒りに駆られた彼らは、まだ七歳だった犯人の少年を家に連れ帰り、屋根裏部屋に閉じ込めた。 彼らは私が何も知らないと思っていた。だが、私は全て知っていた。最初から最後まで、屋根裏にいたあの男は、私の兄などではなかった。 李夢蘭が毎日持ってくる牛乳には、遅効性の毒が盛られていた。しかし、私がいつもそれを口に含んだふりをして、彼女が去った後にこっそり吐き出していることを、彼女は知らない。 人を監禁している事実を隠すため、彼らは、あれが私の兄だと嘘をついた。 李淮もまた、実に賢かった。私がいつか彼の存在に気づくことを見越し、あらかじめ真実の中に、彼がでっち上げた嘘を織り交ぜていたのだ。 真実の中に、いくつかの嘘を混ぜ込む。それ以上に信憑性のある「真相」が他にあるだろうか? 李淮は私を利用しようとした。私の手でここから脱出し、十数年にわたり自分を監禁してきた仇を殺させ、そして私の全財産を奪い取るつもりだった。 彼は勝利を確信していた。自分は天才だと知っていたから。 だが、彼は考えもしなかっただろう。私が、彼以上に賢いということを。 彼が私を利用しているとき、私もまた、彼を利用していた。 私は李淮を利用して、自分を無垢で、何のたくらみもなく、真相など何も知らない「李若若」に仕立て上げる必要があった。 そして、彼らがしびれを切らして私に手を下すその日を待ち、全員を警察に突き出すのだ。 その日、私はそれを成し遂げた。 両親の墓前に跪き、微笑みながら一束の花を供えた。それなのに、思わず涙がこぼれ落ちた。 「お父さん、お母さん、会いに来たよ」

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