彼の裏切りが、彼女の真の力を解き放った
第1章

この五年間、私は機械の中の幽霊、彼の輝かしいキャリアを影で支える秘密の設計者だった。 恋人である浩人のために、私は自社の数百億円規模のソフトウェア「Aura」を匿名で開発した。 そして、その隠れた影響力を使い、彼を1000キロ近く離れた新都市のスタープロジェクトリーダーに押し上げたのだ。 すべては、二人で築くはずだった未来のために。 しかし、サプライズで彼のもとへ転属した私を待っていたのは、新しいアシスタントのキラと抱き合う彼の姿だった。 数日前に動画で見た、彼のバイクの後ろで笑っていた、あの女。 彼はキラを「クライミングパートナー」、ただの友達だと言った。 それなのに、彼女が会社に数億円の損害を与えるミスを犯した時、浩人は彼女を庇った。 役員フロアの全員の前で、彼は私に牙を剥き、彼女の失敗を私のせいにしたのだ。 「ここのプレッシャーに耐えられないなら」 彼は侮辱に満ちた声で、せせら笑った。 「本社にでも帰ったらどうだ?」 私が人生のすべてを捧げて築き上げた男が、他の女を守るために、私をクビにした。 世界が砕け散った、その瞬間。エレベーターの到着を告げるチャイムが鳴った。 CTOが降り立ち、涙に濡れた私の顔と、怒りに燃える浩人の顔を見渡した。 彼はまっすぐに私の恋人を見据え、危険なほど静かな声で言った。 「君は、この会社のオーナーに、その口の利き方をするのか?」 第1章 エリカ POV: 恋人との二年間にわたる、1000キロの距離を終わらせたのは、航空券ではなかった。 たった15秒の、スマホの動画だった。 オフィスは死のように静まり返っていた。午前二時にしか存在しない、息が詰まるような沈黙。 聞こえるのは、コンピューターの低い唸り声と、肋骨の裏で狂ったように鳴り響く自分の心臓の音だけ。 巨大なデータパッケージのコンパイルを待っていた。五分で終わることもあれば、一時間かかることもある作業。 時間をつぶすために、私はいつものように、スマホをスクロールした。 友達の赤ちゃんの写真や、南の島でのバカンスの写真を無心でスワイプしていた親指が、ある動画の上で止まった。 知らない女が、生き生きとした表情で、カメラに向かって笑っている。 そばかすの散った鼻、無造作に束ねられた黒髪。生命力に満ち溢れていた。 彼女はバイクの後部座席に乗り、運転手の体に腕をしっかりと回している。 運転手は背中を向けていたが、そのレザージャケットには見覚えがあった。 付き合って三年の記念日に、私がプレゼントしたものだ。 女が身を乗り出し、運転手の耳元に唇を寄せる。エンジンの轟音に負けないよう、叫んでいる。 風が彼女の髪を顔にかき乱すが、その声は驚くほど鮮明に聞こえた。 「てっぺんまで競争よ、佐伯!負けた方がラーメン奢りな!」 動画の下のキャプションには、クライミングウォール、ラーメン、そしてウィンクする顔の絵文字が並び、ハッシュタグ「#クライミングパートナー」と添えられていた。 佐伯。 息が、止まった。 私の世界のすべてが、手の中の小さな光る画面に収束していく。 彼がほんの一瞬だけ、わずかに顔を向けた。街灯が、彼のシャープな顎のラインを照らし出す。 浩人。 指先の感覚が麻痺していくのを感じながら、私は彼の連絡先をタップした。 コール音が一度、二度、三度と鳴って、彼が出た。 「もしもし、エリカ。どうした?もう遅いぞ」 彼の声はくぐもっていて、遠かった。 背後からは、騒がしい音楽、人々の叫び声、グラスのぶつかる音といった喧騒が聞こえる。パーティーのようだ。 「どこにいるの?」 殺風景なオフィスの静寂の中で、自分の声が空虚に響いた。 「ああ、ジムの連中とちょっと飲んでるだけだよ」 彼は少し早口に言った。 「でかいプロジェクトが終わったから、その打ち上げ」 女の甲高い笑い声が、彼の電話のすぐ近くで響いた。動画と同じ笑い声だった。 「浩人」 私の声は、かろうじて囁きになった。 「誰といるの?」 「チームの奴らだけだって、エリカ。心配するな。もうすぐ帰るから」 彼の言葉は安心させようとするものだったが、私のささくれた神経をやすりで削るように感じられた。 私はそれ以上何も言わずに電話を切った。 家までの運転は、記憶が曖昧だ。 自分の駐車スペースに車を停め、エンジンが冷えていくカチカチという音を聞きながら、私は何度も、何度も、何度も、その動画を再生した。 ジャケットは間違いなく彼のもの。ハンドルからぶら下がっているヘルメットは、私が彼に買うように言ったものだ。 コメント欄にスワイプする。 「ClimbLife」というユーザーが書き込んでいた。 「お二人、すごくお似合いですね!」 動画の女、プロフィール名が「新井キラ」となっている彼女は、笑う絵文字を並べて返信していた。 「最高のクライミングパートナーなの!いつも私を成長させてくれる!」 彼女のプロフィールをクリックした。公開設定だった。 切り立った岩壁を登る彼女の写真が、次から次へと現れる。引き締まった、力強い体。 そして、そのうちの十数枚には、浩人がいた。 崖の麓で彼女の隣に立っていたり、見たこともない人々のグループと笑い合っていたり、集合写真ではさりげなく彼女の肩に腕を回していたり。 彼はクライミングが好きだった。大学時代、私のキャリアが軌道に乗り、彼の野心が彼を二年前、福岡に送るまでは、二人で一緒に行っていた。 引っ越してからは忙しくて行けていないと言っていた。週末はほとんど仕事をしていると、私に言っていた。 彼は新しい街にいるのだ、と自分に言い聞かせた。新しい友達を作るのは許されることだ。健全なことだ。 でも、彼の生活、彼の本当の生活についての私の知識は、完全な空白だった。 曖昧な安心の言葉と、ますます遠く感じられる未来の約束で埋められた、二年間もの空白。 もう、限界だった。 深夜の電話と、すっぽかされた記念日の数々で、二年間も引き伸ばされてきた私の忍耐の糸が、ついに、ぷつりと切れた。 来月に予定していた転属。そのために私が18時間労働を続けて勝ち取った転属は、もう来月ではない。 今、この瞬間にするのだ。 二十四時間後、私は福岡にあるオムニテックタワーの、光り輝くロビーに立っていた。 傍らには、私の衝動的なフライトを物語るキャリーケースが、静かに佇んでいた。 「桐谷エリカ様!」 受付の女性が、満面の笑みで私を迎えてくれた。 「城崎様から、近々こちらへ転属されると伺っておりましたが、まさか今日とは!光栄です。『Aura』フレームワークは伝説ですから。浩人さんも、ようやくあなたが来てくれて、さぞお喜びでしょう」 私は引きつった笑みを浮かべた。浩人は、私が来ることを知らない。 「彼はオフィスにいますか?」 「はい。たった今、新しいアシスタントの方を連れて上がられました。役員フロアにご案内しますね」 エレベーターに乗っている時間が、永遠のように感じられた。 磨き上げられたステンレスの壁が、歪んだ私自身を映し出す。 1000キロの距離を埋める橋を架けるために、睡眠も、週末も、恋人との時間も犠牲にしてきた女。 すべては、私たちが共有した夢のためにやったことだ。彼のための役員室、私たちのための共同生活。 私は彼の成功を支える影の建築家であり、私たちの会社全体がその上に築かれているソフトウェアフレームワーク「Aura」の匿名の創造主だった。 彼は私のことを、ただの優秀なソフトウェア設計者だと思っている。 私が機械の中の幽霊であり、福岡のプロジェクトリーダーに彼を静かに推薦し、私たちのCTOである城崎譲に、彼こそがその仕事にふさわしい男だと説得した張本人だとは、夢にも思っていない。 私は、彼の後ろではなく、隣に立つために、ここに来たのだ。 エレベーターのドアが、静かなチャイムと共に滑るように開いた。 そして、彼女がいた。 浩人のオフィスの外に立ち、タブレットを手にしていたのは、動画の女。新井キラ。 受付の言葉が頭の中でこだまする。彼の、新しいアシスタント。 彼女は顔を上げ、私のスーツケースを見て、ほんの一瞬、その笑顔を曇らせた。 私は彼女に向かって歩いた。大理石の床に、ヒールの音が響く。 「こんにちは」 私は、自分でも驚くほど落ち着いた声で言った。 「桐谷エリカです。本社から転属してきたソフトウェア設計者です」 私は手を差し出した。 彼女はそれを取り、その握手は力強く、彼女の目は私の顔と、閉ざされた浩人のオフィスのドアとの間を行き来した。 「新井キラです。浩人さんの新しいプロジェクトアシスタントです」 彼女が彼の名前を口にするその響き――あまりにも親密で、あまりにも気安くて――私の胃が締め付けられた。 その瞬間に、わかった。これがただの友情以上のものであることを。 彼女の顔は動画で見たのと同じ、生き生きとした笑顔だったが、間近で見ると、その瞳には所有欲のような火花が散っていた。 私はすぐに彼女の声に気づいた。 「あなたの動画、見ましたよ」 私は声を落として言った。 「バイクのやつ」 彼女の親しげな態度は消え去り、冷たく値踏みするような視線に変わった。 「エリカ?」 背後から、浩人の声がした。 私はゆっくりと振り返った。 彼はオフィスの戸口に、ファイルを手に立っていた。 フライト中ずっとしがみついていた希望、これがすべて誤解だという必死の思いが、蒸発した。 彼の瞳、私が五年間愛した温かい茶色の瞳が、大きく見開かれていた。 しかし、それは喜びではなかった。愛でもなかった。 そこにあったのは、純粋で、混じりけのない、衝撃だけだった。

第2章

浩人 POV: 世界が、ぐらりと揺れた。 エリカ。ここに。 俺のオフィスの外の廊下に、スーツケースを足元に置き、地獄さえも凍らせるような目つきで立っている。 一瞬、俺の脳は目の前の光景を処理することを拒否した。 まるでマトリックスのグリッチ、まだ生きるはずのなかった人生の一場面のようだった。 頭が追いつく前に、足が動いていた。 大股三歩で彼女との距離を詰めたが、抱きしめることはできなかった。腕が鉛のように重い。 俺の最初の本能、原始的で、愚かな本能は、キラの方をちらりと見ることだった。彼女は、読めない表情で俺たちを見ていた。 「エリカ」 俺はもう一度、かすれた声でなんとか言った。 「なんでここにいるんだ?」 彼女はすぐには答えなかった。 その視線は冷たく、水平で、まるで平手打ちのようなよそよそしさで俺に話しかけた。 「佐伯さん」 「やめろよ」 俺は低い声で言った。 「来るならどうして教えてくれなかったんだ?」 俺は彼女のスーツケースに手を伸ばした。何か、何か普通のこと、当たり前のことをするための、不器用で必死のジェスチャーだった。 「驚かせたかったの」 彼女は平坦な口調で言った。 「成功したみたいね」 俺は彼女をオフィスに押し込み、背後でしっかりとドアを閉めた。 ドアに寄りかかり、髪をかきむしる。 「キラ、少しの間、電話全部止めてくれるか?」 木のドア越しに呼びかけた。 沈黙。 俺はエリカの方を振り返った。 彼女は部屋の真ん中に、硬直した姿勢で立ち、隅々まで目を走らせていた。 ビデオ通話で見る彼女とは違って見えた。より力強く、より威圧的に。 胸にノートパソコンを乗せたまま眠りに落ちる、疲れ果てた優しい女はもういない。 代わりに、シャープな仕立てのスーツを着た見知らぬ女がいた。 「なんで怒ってるのか教えてくれるのか、それとも当てろってことか?」 軽い口調を試みたが、張り詰めた空気の中でそれは空しく響いた。 彼女は答えなかった。 彼女の視線は俺の机の上、かつて湘南のビーチで撮った俺たちの写真が入っていた小さな銀色のフレームに注がれた。 そこには今、新しいチームの写真、前回のプロジェクトの打ち上げパーティーでのスナップショットが収まっていた。 キラが俺の隣に立ち、満面の笑みを浮かべ、彼女の手がさりげなく俺の腕に置かれていた。 「あ、あれは、チームの士気のために置いたんだ、わかるだろ?」 俺はどもった。 「プロジェクトチームのだよ。キラも写ってる」 その説明は、自分の耳にさえも弱々しく聞こえた。 エリカはついに俺を見た。その瞳の中の失望は、物理的な打撃だった。 「この瞬間を二年間、想像してたわ、浩人」 彼女の声は静かだったが、俺の哀れな言い訳を切り裂いた。 「あなたに会ったら、あなたは…わからない。喜んでくれると思ってた」 返事をする代わりに、彼女はスマホを取り出した。 一言も発する必要はなかった。ただ再生ボタンを押しただけだ。 キラの明るく、屈託のない声が、殺風景なオフィスに響き渡った。 「てっぺんまで競争よ、佐伯!負けた方がラーメン奢りな!」 顔が熱くなった。 「エリカ、お前が思ってるようなことじゃない」 「そうじゃないの?」 「彼女はただのアシスタントだ!それに友達。それだけだ。それは…クライミング仲間なんだ。ジム仲間みたいなもんだよ」 「その『ジム仲間』が、あなたのアシスタントでもあるの?二年間、一度も口にする必要がないと思ったような?」 彼女は、怒りよりも俺を怖がらせる疲労感をにじませた声で尋ねた。 「疲れたわ、浩人。もう、本当に疲れた」 「なあ、彼女を雇ったことは言うべきだったってわかってる。急な話だったんだ、前のアシスタントが辞めて、キラが仕事を探してた。ただ…都合が良かったんだ」 俺は彼女に一歩近づき、平和のジェスチャーで両手を上げた。 「俺たちはただのパートナーだ。ただの…仲間。そう呼び合ってるだけなんだ」 俺はついに距離を詰め、彼女を腕の中に抱きしめた。 彼女は硬く、こわばっていた。 「五年間だぞ、エリカ」 俺は彼女の髪に囁いた。声は絶望で厚くなっていた。 「俺たちはいろんなことを乗り越えてきた。こんな…くだらない動画一つで、すべてを台無しにしないでくれ」 彼女の体を震えが走るのを感じ、一瞬、彼女が壊れてしまうのではないかと思った。 彼女の鼻が俺の胸に押し付けられ、シャツを通して彼女の涙の湿り気を感じた。 胸が痛んだ。俺は馬鹿だ。完全な、自己中心的な馬鹿だ。 「驚かせようと思ってたんだ」 俺は、彼女を見るために少しだけ身を離して言った。 スマホをごそごそと取り出し、フライトの確認画面を見せた。来週末の、彼女の街への往復チケット。 「先週予約したんだ。お前を迎えに行くつもりだった。お前が先にここに来たってことは…いいことだろ?完璧じゃないか」 彼女の表情は、痛みと混乱が入り混じっていた。 バイクのこと、あの夜のこと、写真のこと――彼女が聞きたがっているであろう質問が、俺たちの間に言葉にならないまま漂っていた。 彼女はあまりにも途方に暮れ、傷ついていて、俺は耐えられなかった。 俺は親指で彼女の頬から涙をそっと拭った。 「もう一度…やり直そう。いいか?」 彼女の手を取り、ドアの方へ引っ張った。 これをやる必要があった。はっきりさせる必要があった。 ドアを開けた。 キラは自分のデスクのそばに立ち、忙しいふりをしていたが、明らかに聞き耳を立てていた。 俺たちが出てくると彼女は顔を上げ、その目はすぐに俺たちの繋がれた手に注がれた。彼女の笑顔が引きつった。 「キラ」 俺は、聞こえる範囲の誰にでもわかるように、大きく、しっかりとした声で言った。 「こちらは桐谷エリカ。俺の彼女だ」 キラの態度は完璧だった。 彼女は小さく、丁寧な笑みを浮かべた。 「やっとお会いできて嬉しいです。浩人さん、いつもあなたのこと話してますよ」 彼女の目は再び俺たちの手にちらりと落ちた。 「こんにちは、エリカさん。それとも、未来の佐伯夫人って呼ぶべきかな?」 彼女は、少し甘すぎる口調で言った。 「エリカでいい」 俺は口調を軽く、しかし断固として保とうと努めた。 「彼女は三階のソフトウェアチームで働くことになる。オペレーション部門まで案内してくれるか?」 エリカはぼんやりと頷き、彼女の手は俺の手から滑り落ちた。 彼女が肩を落として歩き去る姿に、息を呑むほど鋭い罪悪感の痛みが走った。 俺が自分のデスクに戻ると、キラはすでに俺のオフィスの戸口に立っていた。 「『俺の彼女』?」 彼女は、わざとらしい憤りをにじませた声で囁いた。 「マジで、佐伯?なんか私…すごく公認みたいじゃん」 俺は思わず微笑んでしまい、肩の緊張が少し和らいだ。 「まあ、そうだからな。なんて言えばよかったんだ?」 「さあね」 キラは、ふくれっ面でドアフレームに寄りかかりながら言い返した。 「迷子の子犬みたいに手を繋ぐのはやめたら?今週末のクライミング、まだ行くよね?」 その気楽なやり取りは安堵であり、エリカという嵐の後の心地よいリズムだった。 「どうかな、キラ。エリカが来たから、それは…」 「えー、やめてよ」 彼女はうめいた。 「ダサいこと言わないで。彼女も見に来ればいいじゃん。楽しくなるって」 彼女はウィンクした。 「それに、ラーメン奢ってくれるって約束したでしょ」 俺の決意は崩れた。 「わかったよ。でもお前が奢れ」 エレベーターホールに消えていくエリカの後ろ姿を見つめた。 冷たい恐怖が胃の底に沈んでいく。 俺は二つの異なる世界を掴もうとしていて、その両方が指の間から滑り落ち始めているのを感じていた。 エリカ POV: 私はロボットのように歩き去った。足は動いているのに、心は百万マイルも彼方だった。 彼の言葉、彼の感触、彼の瞳に浮かぶ見せかけの誠実さ――それは一つの演技であり、私はその不本意な観客だった。 キラのからかうような口調と、それに応える彼の気楽な笑い声を聞いた瞬間、幻想は完全に砕け散った。 オペレーション部門の空いているキュービクルを見つけて座ると、スーツケースが私の隣で孤独な島のように佇んでいた。 何時間も、真っ白なコンピュータの画面を見つめていた気がする。 私が計画したサプライズ、喜びの再会は、この醜く、哀れな混乱へと変わってしまった。 スマホが震えた。メンターであるCTOの城崎さんからだった。 「歓迎会はどうだった?」 彼の温かい声が聞こえた。 私は話すことができなかった。喉に嗚咽が詰まる。 「エリカ?どうしたんだ?」 彼の口調は即座に心配の色を帯びた。 「大丈夫です」 私は嘘をついた。声が震えていた。 「大丈夫じゃないだろう。彼が何をした?」 堰が切れた。 動画のこと、キラのこと、嘘のこと、彼の顔に浮かんだ表情のこと。 すべてが、堰を切ったように溢れ出した。私は彼にすべてを話した。 電話の向こうで、長い沈黙があった。 「城崎さん?」 「ここにいる」 彼は、危険なほど静かな声で言った。 「なるほどな。佐伯君は、この会社で本当の力を持っているのが誰なのかを忘れてしまったようだ」 「それが何になるんですか?」 私は手の甲で目を拭いながら囁いた。 「彼はもう、私のことなんて愛してない」 「愛は一つのことだ、エリカ。尊敬はまた別のことだ」 城崎さんは、鋼のように硬い声で言った。 「そして彼は、その違いをこれから学ぶことになる。君は『Aura』の創造主だ。この会社も、彼のキャリアも、すべて君の才能の上に築かれている。彼はこの小さな城の王様気取りでいるが、自分が君の帝国にいるただの客人に過ぎないことに気づいていない」 彼の言葉は力づけようとするものだったが、私をさらに惨めな気持ちにさせるだけだった。 問題は権力でも、金でも、キャリアでもなかった。 私が五年という歳月を注ぎ込んだ男が、今、私ではなく新しい「クライミングパートナー」を選んでいるという事実だった。 「帰りたいです」 私は囁いた。戦う気力は完全に消え失せていた。 「もうこの仕事もいらない。もう…何もいらない」 「早まった決断はするな」 城崎さんは優しく言った。 「数日、様子を見てみろ。だが、これだけは知っておけ、エリカ。君は一人じゃない。そして、あの若造が君を破滅させるのを、私は黙って見ているつもりはない」 でも、彼は間違っていた。 私はもう、破滅していた。 私が築き上げてきた人生、私が思い描いていた未来は、たった一日のうちに瓦礫と化してしまったのだ。 彼はクライミングパートナーが欲しい? いいわ。くれてやる。 私は城崎さんとの電話を切り、もう一本、決してかけることはないと思っていた電話をかけた。 「鷹宮さん?」 私は震える声で言った。 「桐谷さん。驚きました」 最大のライバル企業のCEO、鷹宮蓮が答えた。彼の声は穏やかでプロフェッショナルで、私の頭の中の混沌とは対照的だった。 「去年、私にしてくださったオファーのこと、覚えていますか?」 私は目を閉じながら尋ねた。 「共同創業者兼、主任設計者として迎えるという、あの話です」 間があった。 「覚えていますよ」 彼はゆっくりと言った。 「まだ有効ですか?」 「はい。ですが、そのオファーには条件がありました」 私は深呼吸をした。その言葉は口の中で灰のような味がした。 「あらゆる意味での、パートナーシップ。その条件も、まだ有効でしょうか?」 鷹宮さんは長い間、黙っていた。 電話の向こうで、彼のかすかな息遣いが聞こえる。 「本気ですか、エリカさん?」 彼の声が柔らかくなった。 「無理をする必要は…」 「本気です」 私は彼の言葉を遮った。声は硬く、もろかった。 「自分の人生で、二番手でいるのはもううんざりなんです。自分のために、何かを築き始める準備はできています」 たとえそれが、他のすべてを破壊することを意味するとしても。

第3章

エリカ POV: 福岡の街の灯りが、空っぽのオフィスの窓の外で滲んでいた。きらびやかで、無関心なタペストリー。 もうすぐ午後十時。私は何時間も暗闇の中に座っていた。借り物のキュービクルの中の幽霊。 浩人からは、一通のテキストも、一本の電話もなかった。一度も。 まるで私の劇的で、胸が張り裂けるような到着が、彼のスケジュールの中の些細な邪魔者に過ぎず、簡単に忘れ去られてしまったかのようだった。 ついに、私は沈黙に耐えられなくなった。 プライドが、接触を求める必死の欲求に溶けていくのを感じながら、親指を彼の名前の上で彷徨わせ、そして電話をかけた。 「もしもし」 彼がようやく出た時、私は言った。 「まだ忙しいの?」 その質問はテストだった。彼が私の間違いを証明してくれることを願う、哀れな小さな懇願だった。 彼はほんの一瞬、ためらった。でも、私にはわかった。 彼が私のことを完全に忘れていたことを告げる、わずかな間。 「ああ、神様、エリカ。本当に、本当にごめん」 彼はまくし立てた。背景には賑やかなレストランの音が響いている。 「フェニックス・プロジェクトの連中が、ローンチ祝いにどうしても夕食に連れて行きたいって言うから。すっかり忘れてた。できるだけ早くそっちに行くから」 これ以上沈むことはないと思っていた私の心は、奈落の底へと落ちていった。 彼は私を忘れただけじゃない。私よりも彼らを選んだのだ。私がここに来た最初の夜に。私たちの始まりになるはずだった夜に。 「気にしないで」 私は、何の感情もこもっていない声で言った。 「ゆっくりでいいわ」 電話を切り、無関心な街を見つめた。 私は一体、ここで何をしているのだろう? 数時間以上、私の存在を覚えていられない男のために、私は人生のすべてを根こそぎにしてしまった。 三十分後、オフィスのドアが勢いよく開き、浩人が息を切らし、高価なコロンの匂いをぷんぷんさせて駆け込んできた。 「本当にごめん」 彼は、私が返さないハグで私を抱きしめながら言った。 彼は見知らぬ人のようだった。体は馴染みがあるのに、その存在は異質だった。 「俺はクズだ。完全な馬鹿だ。許してくれるか?」 私は戦うには疲れすぎていた。怒りを感じることさえも、もう疲れていた。 かつて彼への愛があった場所には、ただ広大で、空虚な空っぽが広がっていた。 彼が身を離したちょうどその時、廊下で動きのちらつきが見えた。 一人の人影が、一瞬、影の中に佇んでから消えた。キラ。 浩人の顔が、かすかな気まずさで赤らんだ。 「彼女が、その…送ってくれたんだ。俺の車、まだジムにあるから」 もちろん、そうだろう。 私は話す力も、立つ力さえも失った。 ただスーツケースを拾い上げた。その仕草は、この会話は終わりだという明確な合図だった。 彼のアパートまでの車内は、静かで、三人での拷問セッションだった。 キラが運転し、浩人は助手席に座り、時折、道順を呟いていた。 私は後部座席に座り、彼らの心地よい親密さを見えない観客として眺めていた。 彼がランドマークを指差すと、彼女は私が知らない共有の思い出に笑った。 彼らは、いつも一緒に時間を過ごす二人のように、気楽で、無意識のシンクロニシティで動き、話した。 これは私の知っている浩人ではなかった。 私が五年間愛した男は、穏やかで、思慮深く、少しシャイだった。 このバージョンの彼は、より騒がしく、より無謀で、キラが彼に当てているように見えるスポットライトを絶えず求めていた。 私が愛した男は、いなくなってしまった。 彼のアパートの前に着くと、キラは私のバッグを手伝うために飛び降りた。 彼女は彼のアパートの玄関まで歩いて行き、一瞬のためらいもなく、生体認証スキャナーに親指を押し当てた。 カチッと音がして、鍵が開いた。 彼女は、彼の家の指紋認証アクセス権を持っていた。 彼女は私がじっと見ているのに気づき、浩人の方を向く前に、得意げな小さな笑みを浮かべた。 「ねえ、みんなで『サミット』に行くって。まだ来る?ちゃんと祝わないと」 浩人は私を見た。その目は懇願していた。 「なあ、エリカ、ローンチパーティーなんだ。少しでも顔を出さないと、格好がつかない」 私はただ彼を見つめた。 彼は、五年付き合った彼女である私を、初めて彼のアパートに連れてきて、そして、彼の…クライミングパートナーとのパーティーに行くために、私をここに置いていこうとしている。 乾いた、ユーモアのない笑い声が、私の唇から漏れた。 「私はあなたにとって何なの、浩人?乗り継ぎ?もっといいパーティーへ向かう途中の、ちょっとした立ち寄り先?」 「違う!もちろん違う!」 彼はパニックで声を上ずらせた。 「お前は俺の彼女だ!愛してる!でも、これがここでの俺の生活なんだ、エリカ。こいつらが俺の友達なんだ。この二年間、寂しかったんだ。キラ…彼女とみんなが、俺の支えだったんだ」 「あなたの『仲間』ね」 私は、その言葉が毒のような味がするのを感じながら言った。 「そうだ!彼女はそれだけだ」 彼は私の手を掴みながら主張した。 「頼む、一時間だけでいい。すぐに戻ってくるから。お願いだ、エリカ」 最後の力が抜けていくのを感じた。 フライトの疲れ、対立の疲れ、そして自分自身の打ち砕かれた心の重みで、私は疲れ果てていた。 「いいわ」 私の声は平坦だった。 「行って」 彼の顔に浮かんだ安堵は、即座で、そして吐き気がするほどだった。 彼は私の頬に、素早く、感謝のキスをした。 「ありがとう。愛してる。すぐに戻るから」 彼とキラは、廊下に笑い声を響かせながら、ほとんど駆け出すようにドアから出て行った。 私は彼のアパートに一人で立っていた。新しい家になるはずだった場所で、見知らぬ人として。 窓辺に歩いて行き、彼が彼女の車に駆け寄るのを眺めた。幸せそうで、屈託のない足取りだった。 そして、その日初めて、私は泣いた。 涙は予告なく、熱く、静かに、私の冷たい頬を伝って流れ落ちた。 彼が何時に帰ってきたのか、私は知らなかった。 見知らぬソファの上で、泣き疲れて眠ってしまっていた。 彼が隣に座ったクッションの沈み込みを感じ、そして優しい手が私の肩に毛布をかけるのを感じた。 彼が身をかがめ、ウイスキーの味がする柔らかいキスが、私のこめかみに触れた。 私は動かなかった。 呼吸を整え、眠っているふりをした。 彼と顔を合わせることはできなかった。今は。 「浩人?」 私は暗闇の中に囁いた。一日中、聞くのが怖かった質問が、ついに口をついて出た。 「考えたことある…?本社に、戻ってくること。私と一緒に」 長い間、聞こえるのは彼の呼吸音だけだった。 それが、ほんの一瞬、途切れた。リズムの中の、小さな引っかかり。 彼は、寝返りを打たなかった。 彼は、一言も、言わなかった。 そして、彼の拒絶がもたらす、息が詰まるような沈黙の中で、私はついに、答えを得た。

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