愛した男、結婚するはずだった男に、双子の妹の命を救ってくれと頼まれた。 彼は私から目を逸らしたまま、杏奈の腎臓が完全に機能しなくなったのだと説明した。 そして、婚約破棄の書類をテーブルの向こうから滑らせてきた。 彼らが欲しがっているのは、私の腎臓だけではなかった。 私の婚約者も、だった。 杏奈の死ぬ前の最後の願いは、一日だけでもいいから彼と結婚することなのだと、彼は言った。 家族の反応は、残酷そのものだった。 「私たちがどれだけお前に尽くしてきたと思ってるの!」 母が金切り声を上げた。 「杏奈はお父様の命を救ったのよ!自分の体の一部を差し出して!それなのに、お前はあの子に同じこともしてやれないの?」 父は険しい顔で母の隣に立っていた。 家族の一員でいる気がないなら、この家にいる資格はない、と。 私はまた、追い出されようとしていた。 彼らは真実を知らない。 五年前に杏奈が私のコーヒーに薬を盛り、父の移植手術の日に私が寝過ごすように仕向けたことを。 彼女は私の代わりに手術室に入り、偽物の傷跡を見せびらかしながら英雄になった。 その頃、私は安っぽいビジネスホテルで目を覚まし、臆病者の烙印を押された。 父の体内で今も脈打っている腎臓は、私のものだということを、誰も知らない。 私に残された腎臓は一つだけだということも。 そして、その体を蝕む珍しい病で、余命数ヶ月だということも、彼らはもちろん知らなかった。 後になって、樹が私を見つけた。その声は疲れ果てていた。 「選べ、暁詩。妹か、お前か」 奇妙なほど穏やかな気持ちが、私を包み込んだ。 もう、どうだっていいじゃないか。 かつて永遠を誓ってくれた男を見つめ、私は自分の命を明け渡すことに同意した。 「わかった。そうするわ」 第1章 東雲 暁詩 POV: 愛した男、結婚するはずだった男に、妹の命を救ってくれと頼まれた。 そして彼は、私たちの関係を終わらせるための書類を差し出した。 青葉 樹は、磨かれた小さなダイニングテーブルの上を滑らせてきたそのパリっとした書類から、私に視線を合わせようとしなかった。 彼の顎のラインはこわばり、耳の下の筋肉がぴくぴくと痙攣している。 その瞳に宿る疲労は、単なる睡眠不足からくるものではない。 ここ数週間、彼の魂に深く沈殿し続けてきた、根源的な消耗だった。 「杏奈のことなんだ」 彼が言った。砂利でも飲み込んだかのように低く、ざらついた声だった。 「あいつの腎臓が…もうダメなんだ、暁詩。完全に」 私は身じろぎもしなかった。 もう知っていたから。 実家で交わされる囁き声は、もはや無視できないほどの轟音になっていた。 私の双子の妹、杏奈。 家族が一生をかけて守ってきた、壊れやすいガラス細工の人形が、ついに砕け散ろうとしていた。 「医者からは、すぐにでも移植が必要だって」 私は指でテーブルの縁をなぞりながら、書類に目を固定した。 一番上に書かれた言葉は、黒々と、そして無慈悲だった。 『婚約解消合意書』 彼はようやく顔を上げた。 その美しい顔には、あまりに深い苦悩が刻まれていて、まるで自分の痛みのように感じられるほどだった。 「暁詩の腎臓が必要なんだ」 それだ。 それはお願いではなかった。 絶望という見せかけの衣をまとった、命令だった。 彼はためらい、私たちの間に伸ばしかけた手を宙で彷徨わせ、そして力なく下ろした。 それは小さな、敗北の仕草だった。 「こうでもしないと、あいつは受け取ってくれない」 彼はさらに声を潜めて続けた。 「罪悪感を…感じてるんだ。俺たちのことに。自分がお前たちを引き裂いてるって」 笑いそうになった。 喉から漏れたのは、乾いた空虚な音だった。 杏奈が、罪悪感を。 それは初耳だ。 「ご両親も賛成してる。俺たちみんな、これが最善だと思ってるんだ」 彼は、困難だが必要な決断を下す男のように、毅然とした態度を装っていた。 だが、その鎧にはいくつもひびが入っているのが見えた。 私が愛した男が、私の家族からの期待という重圧に溺れかけているのが見えた。 「まだ愛してる、暁詩。それだけは分かってくれ」 彼が囁いたその言葉こそが、私を本当に打ちのめした。 私の臓器をよこせという要求でも、婚約破棄の書類でもない。 その嘘だった。 裏切りの痛みを和らげるために、彼が自分自身に、そして私に言い聞かせた、その柔らかく優しい嘘だった。 「あいつが回復したら」 彼は懇願するような目で約束した。 「このすべてが終わったら、またやり直せる。約束する」 私の視線は、再び法的な書類へと落ちた。 私たちの未来をサイン一つで消し去るよう求めてくる男からの約束。 そんなものに、何の価値もない。 杏奈は生まれてからずっと病弱だった、と私たちは聞かされてきた。 弱い心臓、脆い肺、ストレスに耐えられない体質。 彼女は常に手入れが必要な繊細な花で、私は放っておいても、踏みつけられても、また力強く生えてくると期待される雑草だった。 そして今、彼女の腎臓が機能しなくなった。 末期腎不全。 その言葉は無機質で、どこか遠い響きを持っていたが、その意味はドナーなしでは死刑宣告に等しい。 そして樹に言わせれば、彼女には暗闇に屈する前に、一つだけ最後の願いがあるという。 「俺と結婚したいんだ、暁詩」 彼は、恥じらいの混じった早口でそう告白した。 「それが…あいつの死ぬ前の最後の願いなんだ。一日だけでもいいから、俺の妻になりたいって」 私の夫になるはずだった人の、妻に。 彼はそれを、崇高な犠牲であるかのように、死にゆく少女への最後の慈悲であるかのように、言葉を和らげようとしていた。 「ただの儀式だ、暁詩。何の意味もない。俺の心はお前と共にある」 彼の葛藤は手に取るように分かった。 彼は必死の仕草で黒髪をかきむしった。 彼は引き裂かれそうになっていて、その絶望の中で、自分自身を苦しみから救うために私を犠牲にすることを選んだのだ。 私は再び書類を見つめた。 私の名前、東雲 暁詩、その横には空白の署名欄。 彼の名前、青葉 樹、そこには既に見慣れた自信に満ちた筆跡でサインがされていた。 彼は私の妹に、私の腎臓と、私の婚約者と、私の未来を差し出せと言っている。 すべてを、一つのきれいな取引で。 そしてそれを、愛の告白を口にしながらやっているのだ。 その皮肉はあまりに濃密で、舌の上で毒のように苦く感じられた。
東雲 暁詩 POV: 「嫌よ」 その言葉は静かだったが、私たちの間に重く、そして決定的に響いた。 東雲家の誰もが、私が腎臓を提供すると期待していた。 それが私の義務であり、贖罪だと考えていた。 私に腎臓が一つしか残っていないことを、彼らは知らなかった。 その秘密は、私の腹の底で冷たく硬い石になっていた。 私が父の命を密かに救い、その手柄も、栄光も、それに伴うすべての愛も、杏奈に盗まれて以来、五年もの間、たった一人で抱えてきた真実だった。 樹の顔が歪んだ。 まだ怒りではない。 それは深く、深刻な失望。最後の希望が今まさに消え去った男の顔だった。 家族の反応は、それよりずっと容赦なかった。 「お前が断ったと樹君から聞いたわ。私たちがどれだけお前に尽くしてきたと思ってるの!」 母が金切り声を上げた。普段は冷静なその顔が、怒りで歪んでいた。 「杏奈はお父様の命を救ったのよ!自分の体の一部を差し出して!それなのに、お前はあの子に同じこともしてやれないの?この恩知らずで、自分勝手な子!」 真実を伝えようと口を開きかけたが、彼らは聞く耳を持たなかった。 父は険しい顔で母の隣に立っていた。 彼の体内で今も機能している、私が彼に与えた腎臓は、彼らが見ようとしない犠牲の、静かな証だった。 「出ていけ」 父が言った。その声は平坦で、温かみの欠片もなかった。 「家族の一員でいる気がないなら、この家にいる資格はない」 私は追い出された。 まただ。 その夜遅く、樹が空っぽのアパートの階段で私を見つけた。 夜の冷気が骨身に染みたが、ほとんど感じなかった。 私はもう、麻痺していた。 「選べ、暁詩」 彼は疲れ果てた声で言った。 もはや約束も、愛の告白もなかった。 ただ、生々しく醜い最後通牒だけがあった。 「妹か、お前か」 奇妙なほどの穏やかな感覚が、私を包み込んだ。 私は死にかけている。 私の体を静かに蝕んできた珍しい変性疾患は、進行を早めていた。 医者からは数ヶ月、もって一年だと。 もう、どうだっていいじゃないか。 「わかった」 私は、自分の未来と同じくらい空っぽな声で言った。 「そうするわ」 樹の頭が勢いよく上がった。 驚き、そして圧倒的な安堵の波が彼の表情を洗い流した。 「本当か?暁詩、本気で言ってるのか?」 彼は婚約破棄の書類を粉々に引き裂き、私たちの壊れた約束の紙吹雪を地面に舞わせた。 「行こう」 彼は私を立ち上がらせながら、切迫した様子で言った。 「病院へ。今すぐ」 両親は既に病院にいて、歩哨のように杏奈のベッドの周りをうろついていた。 私を見ると、彼らの顔には疑念と必死の希望が入り混じっていた。 「同意書にサインしろ」 父がクリップボードを私に突きつけながら要求した。 彼の指は震えていた。 彼は私を信用していなかった。 私が土壇場で裏切ると思っていたのだ。 私は一言も読まずに自分の名前をサインした。 その時になってようやく、彼らの肩から緊張が解け始めた。 「ようやく大人になったな、暁詩」 父は、ぎこちなく、見慣れない愛情を込めて私の肩を叩いた。 「正しいことをするんだ。心配するな、お母様と弁護士にはもう話してある。遺産のほとんどは、もちろん犠牲になった杏奈のものになるが、お前のこともちゃんと面倒見るから」 「いらないわ」 私は静かに言った。 「全部、あの子にあげて」 母は鼻で笑った。 「馬鹿なこと言わないで。何を言ってるの?」 私は答えなかった。 めまいの波が押し寄せ、明るく照らされた病院の廊下の輪郭がぼやけた。 私の心は五年前、別の病院、別の手術へと飛んだ。 杏奈が私の朝のコーヒーに薬を盛り、父の移植手術の日に寝過ごさせたあの日。 彼女が私の代わりに行った、と彼らは言った。 彼女は英雄として現れ、腹部には手術でわざと作られた、見せかけの傷跡をその犠牲の証としていた。 数時間後、私が予約されていた安っぽいビジネスホテルの一室で、ぼんやりと混乱しながら目を覚ましたときには、物語は既に固まっていた。 私は、死にゆく父を最も必要とするときに見捨てた、自己中心的な娘だった。 彼女は、何年にもわたって、じわじわと、陰湿に、彼らを私に敵対させた。 私が差し伸べたどんな小さな親切も、注目を集めるための策略だと捻じ曲げられた。 どんな功績も、過小評価された。 私は自分の家族の中で幽霊となり、決して起こらなかった裏切りを常に思い出させる、失望の存在となった。 そして今、彼らは皆、彼女の周りに集まっている。 母は彼女の髪を撫で、父は彼女の手を握り、樹は、私の樹は、かつては私だけに向けられていた優しさで彼女を見つめている。 私は部屋の隅に一人で立っていた。 部外者であり、目的を達成するための手段。 彼らは私を見ていない。 彼らはただ、私が運ぶ臓器、彼らが心から愛する娘を救うための鍵しか見ていなかった。
東雲 暁詩 POV: 目の奥が、抑えることを覚えたいつもの痛みで熱くなった。 私は踵を返した。 彼らの小さな家族の輪が放つ、息の詰まるような温かさに窒息させられる前に、逃げ出したかった。 「暁詩、待って」 樹だった。 彼はドアの前で私を止め、その表情は読み取れなかった。 「杏奈がお前の研究論文を必要としてる」 彼は目を合わせずに言った。 「変性細胞の再生に関するやつだ。卒業論文の締め切りが近いんだが、あいつの体調じゃ…仕上げられない」 苦く、酸っぱい味が口の中に広がった。 腎臓だけじゃなかった。 婚約者だけじゃなかった。 彼らは私の頭脳も欲しがっていた。 物心ついた頃から、私は杏奈のゴーストライターだった。 彼女のエッセイを書き、プロジェクトをこなし、オンライン試験さえも私が受けた。 彼女は奨学金、称賛、誇らしげな両親からの賛辞といった報酬を享受し、私は見えない存在のままだった。 盗作は、私の業績の上に築かれた彼女の学歴全体の土台だった。 「お願いだ、暁詩」 母が駆け寄ってきて、そう口を挟んだ。 彼女は私の腕に手を置いた。その感触は、懇願と命令が奇妙に混じり合っていた。 「ただの論文じゃない。あなたの妹は、これまで本当に大変な思いをしてきたのよ。名誉卒業する資格はあの子にあるわ。それくらい、あなたにできる最低限のことでしょう」 最低限のこと。 私の命を差し出した後で。 私は無理に笑った。脆く、ひび割れたような笑顔だった。 「もちろん。杏奈のためなら、何でも」 もう一つ犠牲が増えたところで、何だというのだろう。 私はもうすぐいなくなる。 その時、支えを失った彼女はどうなるのだろうか。 その考えが、暗く、厳しい満足感をほんの少しだけもたらした。 「ありがとう」 樹が安堵のため息をつき、肩の力が抜けた。 彼はポケットからUSBメモリを取り出した。 私のUSBメモリ。 私の生涯の研究成果がすべて入っているものだ。 彼が私のアパートから盗んだに違いない。 彼らは、すべてを計画していたのだ。 枕の玉座に座る杏奈は、私に小さく、勝ち誇ったような笑みを浮かべた。 それは私がよく知っている表情だった。 勝者の顔だ。 樹は彼女のそばに戻り、身をかがめてその額にキスをした。 その仕草はあまりに親密で、優しさに満ちていて、まるで物理的な一撃のように感じられた。 熱く、猛烈な怒りが胃の中で渦を巻き、叫び出し、この無菌室をめちゃくちゃに引き裂きたいほどの衝動に駆られた。 だが私は、これまで他のすべての不正義、すべての侮辱、すべての奪われた人生の一部を飲み込んできたように、それも飲み込んだ。 私が部屋からそっと抜け出したことに、誰も気づかなかった。 彼らにとって、私は既に幽霊だったのだ。 アパートに戻り、私は掃除を始めた。 本を段ボールに詰め、古い写真を捨て、ベッドからシーツを剥いだ。 自分の痕跡をすべて消し去り、彼らが悼む、あるいはもっとありそうなことに、都合よく忘れるためのものを何も残したくなかった。 鋭い、刺すような痛みが腰を走り、私は息を呑んで壁に手をついた。 私の体は、今や急速に衰弱していた。 疲労は、振り払うことのできない重いマントのようだった。 私は本当に死ぬんだ。 その考えは、もはや恐ろしくはなかった。 ただの事実だった。 突然、ドアを激しく叩く音がして、私は飛び上がった。 ドアを開けると、そこに立っていたのは樹だった。その顔は冷たい怒りの仮面のようだった。 彼の後ろには両親が、そしてその間には、母の肩に顔をうずめてヒステリックに泣きじゃくる杏奈がいた。 「どうしてこんなことをした!」 樹は怒鳴りつけ、私を突き飛ばしてアパートに入ってきた。 彼はスマホを私の顔に突きつけた。 画面には学術系の掲示板が表示されており、杏奈の名前で私の論文が投稿され、コメント欄は罵詈雑言で埋め尽くされていた。 「お前の指導教官に言ったんだろ」 彼は怒りに震える声で非難した。 「あいつが盗作したって、みんなに言いふらしたんだ。お前は杏奈を破滅させるつもりか!」 杏奈の泣き声はさらに大きくなった。 「私が詐欺師だってネットに書いたのよ」 彼女は泣き叫んだ。 「嘘つきだって!もうみんなに嫌われちゃった!」 「心配しないで、可愛い子」 母は杏奈の頭越しに私を睨みつけながら、優しく言った。 「あの子に謝らせるから。ちゃんと元通りにさせるから」