運命の番である涼と私は、聖婚の儀の準備を進めていた。 月の女神の前で永遠の魂の結合を誓う、神聖な儀式。 だが、彼の義理の妹であるエヴァから送りつけられた思念波が、私の脳内に叩き込まれた。 兵器化された記憶。 その中で、彼女は涼の腕に抱かれ、彼の両親であるアルファとルナは、満足げに微笑んでいた。 それから二週間、私は献身的なオメガの花嫁を演じなければならなかった。 彼は「一族の緊急事態」と嘘をつき、彼女のもとへ駆けつける。 ウェディングドレスのショップに一人残された私に、彼女は二人の情事のビジョンを送りつけてきた。 彼の両親は、私が二年もの間、魂を注ぎ込んできたプロジェクトを私から取り上げ、エヴァへの贈り物として与えた。 彼らは私を「血の薄い出来損ないのオメガ」と呼び、息子には相応しくないと言い放った。 その一方で、エヴァは涼の音声データを送ってきた。 「俺の強い跡継ぎを産むのは、お前だ。あいつじゃない」と、彼女に約束する彼の声だった。 彼らは皆、私がこの歪んだゲームにおける、哀れで使い捨ての駒だと思っていた。 私が壊れるのを待っていた。 彼らは知らなかった。 私がこの大陸で最も強大な一族の、正統な跡継ぎであることを。 そして、私がすでに手配済みだったこと。 私たちの聖婚の儀は全世界に配信され、彼らにとって神聖なその日を、究極の屈辱の舞台へと変えるのだ。 第1章 五十嵐 泉 POV: 警告もなく、その映像は私の脳内に叩き込まれた。 聖域であるはずの思念波への、冒涜的な侵入。 エヴァが送りつけてきた、兵器化された記憶だった。 その中で、私の運命の番であり、婚約者である黒川涼は笑っていた。 彼は頭を後ろに反らし、たくましい喉を晒している。 その手はエヴァのブロンドの髪に絡みついていた。 彼女は彼に体を押し付け、彼女の香り――安っぽい合成香料のフローラル――が、まるで病気のように彼の肌にまとわりついていた。 彼らを取り囲むのは、彼の両親である黒川一族のアルファとルナ。 二人は満足げに微笑んでいた。 彼の友人たちもそこにいて、祝福の杯を掲げていた。 彼らは完璧な家族だった。 そして、私は部外者だった。 私の内なる狼が、この五年間ずっと抑えつけてきた獣が、脳内で咆哮した。 純粋な苦悶からくる、生々しく、喉の奥から絞り出すような叫びだった。 月の女神が涼と私の間に紡いでくださった絆が端からほつれていく。 魂が引き裂かれるような激痛が走った。 だが、私はその痛みを見せなかった。 ゆっくりと、着実に息を吸い込み、その苦しみを胃の中の冷たく硬い鉄の塊へと押し込めた。 私は目を閉じ、思念波を通じて手を伸ばした。 涼にではない。 何年も隠し続けてきた、ある繋がりへ。 「お父様」 返事は即座に返ってきた。 冬の風のように冷たく、鋭い声。 「泉か。どうした?」 「お願いがあります」 私は冷静沈着な精神の声で返した。 「私の聖婚の儀は二週間後です。それを配信してほしいのです。全世界に。すべての一族、画面を持つすべての人狼に、それを見せる必要があります」 長い沈黙があった。 影沼一族のアルファである彼の、計り知れない力と権威が、私の要求を吟味しているのを感じた。 「よかろう」 彼はついに答えた。 「だが、条件がある。儀式の後、お前は家に帰る。オメガを演じるという馬鹿げた遊びはやめ、私の跡継ぎとしてのお前の場所に戻るのだ」 「受け入れます」 私はためらうことなく言った。 「よろしい」 繋がりは断ち切られた。 二時間後、涼は一族の大ホールで私の前に跪いていた。 彼が持つ小さなベルベットの箱の中では、ムーンストーンの指輪が柔らかく、幻想的な光を放っていた。 この石は神聖なシンボルであり、最終的な刻印の儀式の前に、番の絆の純粋さと強さを表すものとされている。 「五十嵐泉さん」 彼は、今となっては嘘だとわかる感情で、声を詰まらせながら言った。 「君は僕の運命、僕の半身だ。月の女神が君を僕に授けてくださった。僕の刻印を受け入れてくれますか?僕のルナになってくれますか?」 私の内なる狼が、心の内で爪を立てて叫んだ。 「裏切り者!嘘つき!」 私は微笑みを浮かべ、完璧なタイミングで一筋の涙を頬に伝わせた。 「はい、涼さん」 私は作り物の喜びで震える声で囁いた。 「はい、もちろん、喜んで」 彼が私の指に指輪をはめると、黒川一族のメンバーから拍手が沸き起こった。 彼は立ち上がり、私を腕の中に引き寄せた。 彼の松と土の香りは、今やエヴァの甘ったるい香水で汚されていた。 彼は完璧なアルファであり、愛情深い番であり、そして私は完璧で、献身的なオメガだった。 それはすべて、美しく、完璧な嘘だった。 その後一週間、彼は完璧にその役を演じきった。 かつてなら私の心を愛で満たしたであろう情熱で、儀式の計画を立てていた。 私は自分の人生の観客として、彼を見ていた。 エヴァの挑発は続いた。 思念波を通じて送られてくる、小さな精神の刃。 彼らがキスする一瞬の映像。 彼が彼女にした約束の囁き。 彼女は、大事な日の前に私を壊したかったのだ。 自分が誰を相手にしているのか、彼女は全くわかっていなかった。 儀式用のドレスを選ぶ日、涼の注意は別の場所にあった。 彼の目に宿る上の空の表情、唇に浮かぶ微かな笑みが見えた。 彼はプライベートな思念波で話していた。 彼女と。 「泉?これはどうかな?」 彼はぼんやりとドレスを指差して尋ねた。 「今すぐ欲しいわ、リョウ」 エヴァの声が彼の心の中で響いた。 あまりにだらしなく、大声だったので、その端々が私との繋がりにも漏れ聞こえてきた。 彼はびくっとした。 「行かなくちゃ」 彼は突然言い、すでに携帯電話を耳に当てていた。 「一族の緊急事態だ。ベータが僕を必要としている」 彼は私の額にキスをして、去っていった。 一瞬後、新たなメッセージが私の心に届いた。 エヴァからだった。 涼が欲望に顔を赤らめながら彼女の部屋に駆け込む、短い鮮明な映像。 彼の嘘が、一瞬で暴かれた。 私の心は壊れなかった。 氷に変わった。 私は冷静に携帯電話を取り、五年間使っていなかった番号にテキストメッセージを送った。 返事は即座にきた。 「和久井です。いつでもご命令を」 私は着実に指を動かし、返信を打ち込んだ。 「計画を実行します。始めてください」
五十嵐 泉 POV: 「お父様、ご期待を裏切ることはありません」 その夜遅く、私は思念波を通じて伝えた。 私の声には、ここ数年自分に許してこなかった自信が響いていた。 「私はお父様の娘です。最も純粋な血統を受け継いでいます。私はあなたの最高の跡継ぎです」 彼の精神的な存在感は、地平線に集まる嵐のようだった――巨大で、力強く、そして容赦がない。 「証明しろ。言葉に意味はない。お前が自分自身と、そして奴のために設定したこの試練は、数多くあるうちの最初のものだ。私を失望させるな」 「させません」 「私のベータ、和久井は今、お前の自由になる。彼が実務的な手配をするだろう。事が終わるまで、二度と私に連絡してくるな」 繋がりはぷつりと切れ、私は小さなアパートの静寂の中に一人取り残された。 一瞬後、新たな思念波が私の思考に滑り込んできた。 エヴァからだった。 今回は映像ではなく、音声記録だった。 彼女の甘い喘ぎ声と、情熱で荒くなった涼の声。 「あいつはただのオメガだ、エヴァ」 彼は喘いでいた。 「あいつの血は薄い。お前なんだ…お前がしっくりくる。強い跡継ぎを産めるのは、お前なんだ」 その言葉は私を粉々にするためのものだった。 だが、代わりに、私の決意を鋼鉄へと鍛え上げた。 私は和久井に連絡した。 「儀式は一週間後です」 私は彼に告げた。 「ライブ配信。それが舞台です」 「承知いたしました」 和久井の返事は簡潔で効率的だった。 「五十嵐アルファはまた、跡継ぎ候補としての最初の任務をあなたにお与えになりました。彼の試練に合格することを要求されています。今夜、銀月王国がチャリティー舞踏会を主催します。あなたは影沼一族の代表として出席していただきます」 私の心臓が小さく跳ねた。 銀月王国はすべての群れを統治する組織であり、アルファ・キング自らが率いている。 これは重大な政治的イベントだ。 「わかりました」 私は答えた。 ちょうどその時、涼の声が私の心に入ってきた。 偽りの後悔に満ちた声だった。 「泉、愛しい人。本当にごめん。この一族の会議が長引いてるんだ。今夜のディナーには行けそうにない」 「大丈夫よ、涼さん」 私は柔らかく、理解ある口調で返した。 「一族の仕事が最優先よ」 「君は最高だよ、イズミ。埋め合わせは必ずするから」 嘘つき。 舞踏会で、私は別世界の亡霊だった。 真夜中の青いドレスに身を包み、私は力強いアルファたちとそのルナたちの群衆の中を、彼らの真っ只中にいる静かな捕食者のように動いた。 寄付の時が来たとき、私は前に出た。 「影沼一族は、十億円を寄付いたします」 私ははっきりと、落ち着いた声で宣言した。 ホールにさざ波のような囁きが広がった。 影沼一族は悪名高いほど閉鎖的で強力であり、その富は伝説的だった。 私が誰であるか誰も知らなかったが、私の一族の名前は即座に尊敬を集めた。 その時、彼を見た。 きらびやかな舞踏会の向こう側で、涼がシャンパンのグラスを手に立っていた。 そして彼の腕には、とんでもなく露出の多い赤いドレスを着たエヴァがしがみついていた。 私の血が凍った。 彼は笑いながら、彼女を紅牙一族のアルファに紹介していた。 「…そしてこちらがエヴァです」 私が近づくにつれて、彼の声が聞こえてきた。 「彼女は我々の新しい旗艦プロジェクト、プロジェクト・アークの背後にいる素晴らしい頭脳です。黒川にとって真の財産ですよ」 プロジェクト・アーク。 私のプロジェクト。 私が過去二年間、心血を注いできたもの。 黒川一族の財政的な未来を確保し、彼の両親に私の価値を証明するはずだったプロジェクト。 彼はそれを彼女に与えたのだ。 私は穏やかな笑みを顔に浮かべ、彼らに向かって滑るように歩いた。 「涼さん、ダーリン」 私は蜂蜜のように甘い声で言った。 「ここで会うなんて驚きだわ。一族の会議があるんじゃなかったの?」
五十嵐 泉 POV: 涼の顔は青ざめ、まるで幽霊でも見たかのように血の気が引いた。 パニックが彼の目にちらついた。 彼はエヴァの所有欲に満ちた腕から、素早く自分の腕を引き抜いた。 「泉!な…ここで何をしてるんだ?」 彼はどもり、落ち着きを失っていた。 「同じことをお聞きしたいわ」 私は微笑みを絶やさず、しかし目は氷のかけらのように冷たく答えた。 「そしてもっと重要なのは、いつからエヴァがプロジェクト・アークの責任者になったのかしら?」 彼は、興味津々で私たちのやり取りを見ているもう一人のアルファを神経質にちらりと見た。 「イズミ、この話は後で、二人きりでできないか?」 彼は思念波を通じて懇願した。 「いいえ」 私は声に出して、危険なほど静かに言った。 「今、ここで話しましょう」 涼はごくりと唾を飲んだ。 「両親が…アルファ大樹とルナ紗奈が…それが最善だと感じたんだ」 彼は声を潜め、内密の話をするように説明した。 「彼らは、僕たちの結びつきを強くするためには、君はルナとしての務めに集中すべきだと考えている。ビジネスではなくね」 彼の両親が私を軽蔑の目で見つめ、私の「卑しい」オメガの地位について見下した言葉を浴びせた数え切れないほどの時を思い出した。 彼らは私が彼らの貴重なアルファの血統を汚すと信じていた。 私はすべてを耐えてきた。 彼のために。 このために。 私は傷ついたような、理解したような表情を装った。 「ああ。そう。もちろん。私たちの結びつきのために」 エヴァはその瞬間を選んで前に出て、再び涼の腕に自分の腕を絡ませた。 彼女は彼の肩に頭を乗せ、勝利の笑みを唇に浮かべた。 「涼、ダーリン、ストーン・アルファがちょうど新しい交易路について話してくださっていたわ。聞きましょう」 彼女は私に「彼は私のもの。あなたはもう負けたのよ」と叫ぶような視線を送った。 弱く、流されやすい涼は、引きずられるままになった。 「後で話そう、イズミ」 彼は肩越しに言い放ち、混雑した舞踏会の真ん中に私を一人残して去っていった。 それは見慣れた光景だった。 どれだけのデートが途中で切り上げられたことか。 どれだけの夜を、エヴァがたった一つの思念波を送っただけで、彼が忠実な犬のように彼女の元へ駆けつけたせいで、私は一人で過ごしたことか。 私自身の愚かさの記憶が、口の中に苦い味として残った。 怒りを振り払い、私は再び部屋に注意を向けた。 その後一時間、私は人脈作りに励み、影沼の名前に感銘を受けた別の強力なアルファとの有利な取引をまとめた。 私は捨てられる弱いオメガではない。 私は未来のアルファであり、待機中の女王なのだ。 ようやく舞踏会を後にし、地下駐車場の冷たいコンクリートの上をヒールでカツカツと鳴らしながら歩いていると、携帯が震えた。 エヴァからのメッセージだった。 思念波ではなく、簡単なテキストメッセージ。 「地下3階に来て。涼がどれだけ『熱心に』一族の仕事に取り組めるか、見せてあげる」