体に時限爆弾を巻き付けられ, 震える手で恋人の法医・久我修二に助けを求めた. しかし彼は「幼馴染のピアスを探すのに忙しい」と, 私の必死の懇願を「気を引くための嘘」だと断じ, 電話を一方的に切った. 数分後, 私はお腹の子と共に爆死した. 皮肉にも, 私の黒焦げの遺体を解剖したのは修二だった. 彼は目の前の肉塊が, かつて愛した女だとは露知らず, 私が大切にしていた彼からのプレゼントを「身元不明の安物」として証拠品袋に放り込んだ. 「妊娠3ヶ月. 母子ともに即死か, 気の毒に」 彼は淡々と死因を告げ, 私の両親からの捜索願いさえも「ただの家出だ」と鼻で笑い, 幼馴染の元へと急いだ. 彼が真実を知ったのは, 私が死んでから数日後. 誘拐犯が嘲笑いながら告げたのだ. 「お前が解剖したあの焼死体こそが, お前の女と子供だ」と. そして一年後. すべての黒幕が, 彼が優先した幼馴染だと知った修二は, 彼女との結婚式の打ち合わせの場で, ある「復讐」を実行する. 彼は微笑みながら幼馴染を椅子に縛り付け, その胸に爆弾をセットした. 第1章 奈緒 POV: 久我修二が私の必死の叫びを「またか」とばかりに切り捨てた時, 私の人生は燃え尽きる廃工場よりも早く崩れ落ちた. 私は白川奈緒, 26歳. 幼稚園の先生. そして, 今まさに爆弾を体に巻き付けられ, 死を待つ身. 誘拐犯は沼田信和. かつて久我が逮捕に導いた放火犯だ. 彼は, 私の恋人である久我修二への復讐を誓っていた. 薄暗い廃工場. 鉄骨が絡み合い, 錆びた機械が不気味に佇んでいる. 沼田は私の胸に巻き付けられた時計仕掛けの爆弾を指差し, 歪んだ笑みを浮かべた. 「俺を刑務所送りにした久我修二のおかげで, お前も地獄行きだ」 彼の目は狂気に染まっていた. 恐怖で心臓が喉まで競り上がってくる. 沼田は私の携帯電話を奪い取った. 乱暴に久我の番号をダイヤルし, 私に押し付けた. 「聞こえるか? お前の男に助けを求めろ. 命乞いしろよ」 震える手で携帯を耳に当てた. 数回のコール音の後, 聞き慣れた, しかし今は恐ろしいほど冷たい声が聞こえた. 「もしもし」 「修二…! お願い, 助けて…! 」 私の声はか細く震えた. 涙が溢れて止まらない. 「奈緒? なんだ, こんな時間に」 久我の声はひどく不機嫌そうだった. 「今, 恵梨子と一緒なんだ. 彼女の大切なピアスが公園でなくなって, 探してあげてるんだよ. 仕事じゃないんだから, 邪魔するな」 彼の言葉に, 私の心臓が凍りついた. 「違うの…私, 誘拐されたの! 沼田信和っていう男に…爆弾も…」 言葉が途切れ途切れになる. 沼田が私の背後に立ち, 携帯を奪い返そうと手を伸ばした. 「嘘じゃない! 本当に危ないの! 修二, 聞いて…」 私は必死で叫んだ. 沼田は横から携帯を掴み, 私の言葉を遮った. 「おっと, そこまでだ」 沼田は携帯を耳から引き剥がし, 私から離れた. 久我の声は私の耳には届かなくなった. 遠くから, 久我の声が聞こえる. 「奈緒! また恵梨子のことか? いい加減にしろ. お前はいつも俺の気を引こうとする. 芝居はもうたくさんだ」 はっきりと, 彼の不満が伝わってきた. 「もし恵梨子のペットに何かあったら, お前を許さないからな! 」 ペット? 恵梨子の? 私の命がかかっているのに, 彼は恵梨子のペットの心配をしているのか. 沼田が私の胸の爆弾を指差した. 残り9分50秒. 冷たい汗が背中を伝った. その時, 久我の携帯から, 恵梨子の甘ったるい声が聞こえた. 「修二, 早く戻ってきてよ. もうピアスは見つかったみたい. 早くこっち来て, 私を安心させて」 その声は, 私の命の終わりを告げる鐘のように響いた. 「分かった, 恵梨子. すぐ行く」 久我の声は, 一瞬で優しいものに変わっていた. そして, ブツン, と通話が切れた. 私の世界は, 音を失った. 沼田は私を見て, 嘲るように口元を歪ませた. 「おいおい, お前の男, つまんねぇな. 人を間違えたかと思ったぜ」 沼田は携帯を床に投げ捨て, 倉庫の奥へと消えていった. 私は独り, 爆弾を抱えて取り残された. 涙がとめどなく溢れ, 視界が滲む. 爆弾のデジタル表示が, 無情にもカウントダウンを続ける. 残り8分. 修二. 私は, 死の間際になってようやく気付いた. 貴方にとって, 私は一体何だったのだろう. 私が恵梨子の存在を修二に尋ねた時, 彼は「恵梨子は幼馴染で, 妹みたいなものだ」と笑った. その言葉を, 私はあの時信じた. 信じようとした. でも, 違った. 恵梨子は, 修二にとって, ただの妹ではなかった. いつも恵梨子からの呼び出しを優先した. 私が熱を出して寝込んでいても, 私の両親との食事をキャンセルしても, 恵梨子の「ストーカー被害」と「なくしたピアス」の電話一本で, 彼は飛んでいった. 私が寂しいと訴えれば, 「そんなことだから, 恵梨子にまで心配されるんだ」と呆れた顔をした. 結婚の話を切り出した時もそうだ. 「もし奈緒が嫌なら, 結婚しなくてもいい. 恵梨子が隣にいてくれれば, 俺はそれでいい」 そう言った修二の横顔は, 本気だった. それでも, 私は彼を愛していた. 彼が私を愛していると, どこかで信じていた. 愚かだった. 恵梨子の声が, 修二の優しい声が, 今も耳に残っている. 彼にとって, 本当に大切なのは恵梨子だった. 私は震える指で, 久我にメッセージを送った. 「修二, さようなら. この世界で, あなたと二度と会いたくない」 これが, 私の最後の言葉. 私の魂は, 炎の中で, ようやく解放されるだろう. さようなら, 修二. どうか, 来世では私を見つけないで. 私の心は, 本当に死んだのだから.
奈緒 POV: 轟音と共に, 世界は燃え上がった. 肉体は瞬く間に炎に包まれ, 原型を留めないほどに砕け散る. それでも, 私の意識は途切れることはなかった. 私は, 自分の体が爆発し, 燃え盛る光景を, 宙を漂いながら冷静に見下ろしていた. 不思議と悲しみはなかった. あるのは, とうに限界を超えていた心からの解放感. ああ, 終わったんだ, と. やっと, 修二から解放された. そう思うと, 心が少しだけ軽くなった気がした. 私は, 自分の焼死体が警察署の解剖室に運ばれるのを待った. 知っていた. 久我修二が, それを解剖するだろうと. 私をここまで追い詰めた男が, 私の死体を目の当たりにする. それは, 私にとって, 最後の, そして最大の復讐だったのかもしれない. 救急車のサイレンが遠くから聞こえてきた. 数時間後, 久我と警察官たちが廃工場に到着した. 久我は眉間に皺を寄せ, 疲れた顔で現場を見渡している. 警察官の一人が焦げ付いた爆弾の残骸を指差し, 身元不明の遺体が見つかったことを報告した. 「損傷が激しく, 身元確認は困難かと」 久我は無表情で私の遺骸に目を向けた. 私は, 幽体となって, 久我の隣に立っていた. 彼の顔をじっと見つめる. あの, 一瞬でもいい. 彼が私の死を察し, 後悔の念に駆られることを, どこかで期待していたのかもしれない. しかし, 彼の表情は動かない. ただ, 冷静に法医学者の目で, 私の遺体を見つめているだけだ. 久我はすぐに立ち上がった. 「遺体は女性. 年齢は20代から30代前半. 死因は爆発による多発性外傷と焼死. 身元不明者として処理し, 失踪者リストと照合. 法医解剖は私が担当する」 彼の声は機械のように冷徹で, 何の感情も込められていなかった. 私の魂は, 絶望の淵に突き落とされた. 彼は, 私が死んだことさえ知らない. いや, 知ろうともしない. 修二は, 私を一度たりとも, 気にしたことなどなかったのだ. 私の遺体は, 久我の指示で警察署へと運ばれていく. 私は, 彼の車に乗り込んだ. 助手席には, 彼の同僚であり親友でもある刑事が座っている. 私は後部座席にそっと座り, 彼らの会話に耳を傾けた. 「久我, お前の携帯, 着信履歴がすごいことになってるぞ. 白川奈緒って人からだ. もう20件以上だ」 刑事が久我に携帯を差し出した. 久我は眉間に深く皺を寄せ, 不快そうに携帯を受け取った. 「ああ, 彼女か. また面倒なことを言ってくるんだろう」 まるで, 私が迷惑な存在であるかのように. 「奈緒ちゃんも心配してるんじゃないか? お前がこんな時間まで働いてるんだから」 刑事は気遣うように言った. しかし, 久我は冷笑した. 「心配? 彼女はただ, 俺の気を引きたいだけだ. いつもそうだ. 恵梨子のことになると特に」 彼の言葉が, 私の魂を締め付ける. 息が, できない. 私の心臓は, もう動かないはずなのに, なぜこんなにも痛いのだろう. 久我は携帯を操作し, 私からの着信履歴をスクロールする. そして, 最後に送ったメッセージに目が留まった. 「修二, さようなら. この世界で, あなたと二度と会いたくない」 彼はそれを読み, フン, と鼻で笑った. 「またか. どうせ, 俺を試しているだけだ. 本気でこんなことをするはずがない. どうせ, 数日経てば泣いて俺のところに戻ってくるさ」 彼はそう呟き, メッセージに返信することなく, 携帯をポケットに放り込んだ. 私の最後の言葉は, 彼にとって, ただの駄々っ子の戯言だった. 私の遺言は, 最愛の男には届かない. 絶望が, 再び私の心を覆い尽くした. 車は警察署の地下駐車場に滑り込んだ. 私の遺体は, リフトに乗せられ, 解剖室へと運ばれていく. 私は, 修二と共に解剖室に入った. この後, 彼は自分の手で, 私を解剖する. そして, 自分が殺した女だと, 最後まで気づかないのだろう. これ以上の残酷が, この世にあるだろうか. 私は, 震えながら, 彼がメスを握るのを待った.
奈緒 POV: 解剖台に横たわる自分の姿は, あまりにも見るに堪えないものだった. 皮膚は焼け焦げ, 肉は裂け, 骨は砕けている. 私は, 自分の魂がここまで穢れてしまったのかと, 自嘲の笑みを浮かべた. 久我は白い手袋をはめ, 無機質な目でメスを握りしめた. 彼の隣には, 先ほどの同僚刑事が記録のために立っている. 解剖が始まった. 久我のメスは正確で, 迷いがない. まるで, ただの肉塊を相手にしているかのように. 彼は, 私の体から証拠を探し出す. まるで, 私がただの事件の被害者であるかのように. 「被害者は頭部, 胸部, 腹部に広範囲の爆発による損傷. 四肢も骨折, 肉片の飛散が確認されます. 年齢は20代後半から30代前半. 虐待の痕跡も認められる」 彼は淡々と報告していく. 虐待. 沼田に監禁されていた数日間, 彼は私に暴力を振るった. その傷跡を, 久我は見ている. しかし, 彼の目には, 私の面影は一切宿っていない. 久我は私の腹部にメスを入れた. 「…胎児を確認. およそ妊娠2ヶ月から3ヶ月. 性別は不明」 その言葉が, 解剖室に響き渡った瞬間, 全ての動きが止まった. 同僚刑事の顔から血の気が引く. 久我のメスを握る手が, 一瞬だけ止まったように見えた. 妊娠? 私の? 私は, 自分の腹部を見下ろした. そこに, 確かに, 小さな小さな命の影が宿っていた. 私は, 知らなかった. 修二に, まだ言えていなかった. あの, 公園での電話の時, もし私がこのことを伝えていたら, 彼は…? 涙が, 止まらない. 私の魂は, 慟哭した. 私のお腹の中にいた, 小さな命. 修二との, 愛の結晶. それすらも, この世に生まれることなく, 私と共に炎に消えてしまった. 私は, その事実に, 打ちのめされた. 久我は, 深いため息をついた. 「気の毒に. こんな若い女性が, 妊娠中にこんな形で命を散らすとは」 彼はそう呟き, 再びメスを動かした. 「この件に関しては, 現在の案件が落ち着き次第, 改めて調査を進めましょう」 他人事のように, 彼は言った. 私は冷笑した. もし彼が, この遺体が私だと知っていたら, 同じ言葉を口にするのだろうか. 私は, もうどうでもよかった. 彼が後悔しようと, 悲しもうと, 私の命は戻らない. 私と, 私たちの子の命は. 解剖が終わり, 久我は疲れた顔で解剖室を出ていった. 私は彼の後を追う. 彼は署の庭で, 同僚刑事と煙草を吸っていた. 「久我, あの女性の件だが…本当に気の毒だったな. お前, 奈緒ちゃんとの間に子供とか, 考えてないのか? 」 同僚刑事が尋ねた. 久我は煙草を深く吸い込み, 吐き出した. 「奈緒か. あいつはいつもそうだ. 俺に構ってほしいだけだ. 最近は恵梨子にばかり構っているから, 余計に拗ねているんだ」 彼はそう言い放ち, 再び私の携帯からのメッセージについて言及した. 「『この世界で, あなたと二度と会いたくない』だと? どうせ, 俺を試しているだけだ. 本当に死ぬわけがない. あいつはそんな根性ない」 彼は冷笑した. 私の魂は, 彼の言葉に震えた. 彼は, 私が本当に死んだとは, 夢にも思っていない. 私からの最後の言葉を, ただの脅しだと決めつけている. どれだけ, 私は彼に愛されていなかったのだろうか. 「それにしても, この事件, 妙だな. 沼田信和が絡んでくるとは」 久我は, 急に真剣な顔になった. 「彼が関わっているとなると, 私の過去の事件の報復の可能性が高い. 被害者の身元が特定できれば, 動機もはっきりするだろう」 彼は, 私の死よりも, 沼田信和の動機にばかり興味を示している. 私の怒りは, 沸点に達していた. その時, 久我の携帯が鳴った. 画面には「恵梨子」の文字. 久我の疲れていた顔に, 一瞬で笑顔が浮かんだ. 「もしもし, 恵梨子. どうした? 」 彼の声は, 私に向けられていた時とは全く違う, 甘く優しいものだった. 「修二, いつ帰ってくるの? 私, 一人だと寂しいよ」 恵梨子の甘えた声が, 携帯から漏れ聞こえてくる. 久我は笑った. 「ああ, もう少しだ. すぐに帰るからな. 恵梨子が待ってると思ったら, 仕事も早く終わらせたくなるよ」 彼は, 私を解剖したばかりの手で, 携帯を優しげに握っていた. その手は, かつて私の髪を撫で, 私の頬を包んだ手だ. しかし, その優しさは, 今, 別の女に向けられている. 私は, 修二が恵梨子に, 私に向けたような優しさを向けているのを見て, 心が引き裂かれるようだった. 悲しみと, 嫉妬と, そして, どうしようもないほどの怒り. 私は, 彼に叫びたかった. 「私がここにいるのに! 目の前にいるのに, なぜ気づかないの! ? 」 しかし, 私の声は, 彼には届かない. 「修二, 恵梨子ちゃんも心配してるから早く帰ってあげなよ」 同僚刑事が言った. 久我は頷いた. 「ああ, そうだな. 彼女は俺がいないと, すぐに不安になるから」 彼の言葉は, 私にとっては, ただの拷問だった. その時, 同僚刑事がパソコンの画面を指差した. 「久我! これを見てくれ! 行方不明者リストだ. この女性の特徴, さっきの被害者と一致するかもしれない! 」 画面に表示されたのは, 私の両親が提出した行方不明者届だった. 私の写真が, そこに写し出されている. 私の心臓が, 再び激しく脈打った. 彼は, 気づくのか? 彼は, 私が死んだことを, 知るのか? 私の両親が, 私を探していることに, 彼は気づくのか? 私は, 息を詰めて, 彼の反応を待った.