世界的建築家は元専業主婦
第1章

篠崎財閥の令嬢であり, 世界的建築家「N」という正体を隠し, 私は夫のために5年間, 平凡な専業主婦を演じてきた. しかし, 妊娠を告げた私を待っていたのは, 義母による無理やりな堕胎薬の投与と, 夫の愛人からの暴力だった. 「慎六郎には絵里香ちゃんがお似合いよ. お前のような寄生虫は出て行け! 」 激痛の中で助けを求めた夫は, 冷酷な目で私を見下ろすだけ. 私は愛する我が子を殺され, 社会的に抹殺される汚名を着せられたまま, 意識を失った. 再び目を覚ました時, 私の中で何かが壊れ, そして決意が固まった. 私は涙を拭い, 父である篠崎グループ総帥に電話をかけた. 「お父様, もう十分です. 彼らを破滅させます」 次は法廷で会おう. 私が隠していたのは財産ではない. あなたたちが崇める「権力」そのものだということを, 骨の髄まで思い知らせてやる. 第1章 義母が差し出した湯気の立つ煎じ薬は, 私の妊娠の喜びを一瞬で凍らせた. それは, 私にとって罰であり, この結婚の終わりを告げる毒だった. 「奈津枝さん, お疲れでしょう? 特別に煎じた薬よ. これを飲めば, もっと元気になるわ. 」 久美義母は, いつになく優しい笑顔で私を見つめた. その笑顔の裏に潜む悪意を, 私は敏感に感じ取っていた. 普段の彼女は, 私を家政婦のようにこき使う冷たい人だったからだ. 私は, 差し出された黒い液体が入った湯呑をじっと見つめた. 鼻を突くような独特の匂いが, 湯気と共に立ち上る. 薬草の匂いとは違う, 何か不自然で, 危険な香りがした. 「ありがとうございます, お義母様. でも, 私, 最近少し胃の調子が…」 私は笑顔で, できるだけ自然に断ろうとした. 飲みたくなかった. 本能が警鐘を鳴らしていた. 「何を遠慮しているの? せっかく慎六郎のために, 良かれと思って作ったのに. 家族になったんだから, こういうのは素直に受け取りなさい. 」 義母の声が, 急に冷たくなった. 「そうよ, 姉さん. お母様がせっかく作ってくれたんだから, 飲めばいいじゃない. 変な気を回さないでよ. 」 横から結月義妹が口を挟んだ. 彼女の目には, 明らかに私への軽蔑と嘲りが宿っていた. いつものことだ. 私は湯呑を受け取ったふりをして, そっとテーブルに置こうとした. しかし, その瞬間, 義母の手が私の腕を掴んだ. 「まあ, 何をしようとしているの? こんなに冷めてしまっては効果がないわ. 早く飲みなさい. 」 義母の指が, 私の腕に食い込む. 痛かった. 私は身を引き, 湯呑から距離を取ろうとした. 「嫌, です…」 たった一言, か細い声が出た. 私の胃は, 薬の匂いを嗅いだだけで拒絶反応を起こしているようだった. 「何よ, その態度は! 」 義母の顔が, 怒りで歪んだ. 彼女は私の頬を平手で叩いた. 鈍い音が部屋に響いた. 私の頭が揺れ, 視界が霞む. 口の中に鉄の味が広がった. 「お母様の言うことが聞けないの! ? この恩知らず! 」 結月が, 私の背中に蹴りを入れた. 私はバランスを崩し, 膝から床に崩れ落ちた. 「やめて…」 私はただ, 弱々しく懇願した. お腹の子を守らなければならない. そう思った. 義母は私の髪を掴み, 無理やり顔を上げた. 湯呑が, 私の口元に近づく. 鼻に迫る刺激臭が, 吐き気を催させた. 「さあ, 飲みなさい. これは, あなたのためなのよ. 」 義母の声は, まるで蛇のようだった. 私は首を横に振った. 必死に抵抗した. しかし, 二人の力には敵わない. 「早くしろって言ってるでしょう! 」 結月が私の顎を掴み, 無理やり口を開かせた. 熱くて, 苦い液体が, 喉に流れ込む. 「ゴホッ, ゴホッ…」 私は激しく咳き込み, 涙が溢れた. 口の端から薬が垂れ, 肌を焼くようにヒリヒリとさせた. 大半は無理やり飲み込まれた. 胃の奥で, 何かが燃えるような感覚がした. 「ふん, これで少しは大人しくなるでしょう. 慎六郎には, あなたが自ら飲んだと伝えておくから. 」 義母は嫌悪を込めた目で私を見下ろした. 胃が, ねじれるように痛んだ. 体が熱くなり, 視界がぼやけ始めた. 私は, この薬が私を, そしてお腹の子を蝕むものだと, 直感的に理解した. 「まさか…」 私は立ち上がろうとしたが, 足に力が入らない. 膝がガクガクと震え, 再び床に倒れ込んだ. 『この薬は…私の体を壊すものだ. 』 朦朧とした意識の中で, 私は義母と結月の顔を見た. 二人の口元には, 醜い笑みが浮かんでいた. 「まったく, 厄介な女ね. 絵里香ちゃんが帰ってくる前に, さっさと追い出さないと. 」 義母の言葉が, 耳の奥で響いた. 「慎六郎お兄様には, 絵里香ちゃんがお似合いよ. あんな, どこぞの馬の骨か分からないような女が, 慎六郎お兄様の隣にいるなんて, 虫唾が走るわ. 」 結月が, 私を蹴りながら言った. 絵里香. その名前は, 私の中で一つのパズルのピースを埋めた. 慎六郎の幼馴染で, 人気ピアニストの白浜絵里香. 彼女が帰国したことで, 義母たちの私への風当たりが強くなったのだ. 『そうか, 私を追い出すためだったのか…』 薬が効き始めたのか, 全身に倦怠感が広がり, 体が鉛のように重い. 「これで, お腹の子供も消えるでしょう. 慎六郎には, あなたが勝手に流産したとでも言っておけばいいわ. 」 義母の言葉に, 私は全身の血が凍るのを感じた. 「やめてっ…! お腹に…赤ちゃんが…」 私は震える声で叫んだ. 必死に義母の足に縋りついた. 「まだそんな嘘を言うの! ? 都合が悪くなると, すぐに妊娠したと騒ぎ立てる女は, 慎六郎の妻には相応しくないわ! 」 義母は私の言葉を信じようとしない. 「本当です! 病院の検査も…」 私は必死に説明しようとしたが, 義母は私の言葉を遮った. 「うるさい! あなたは慎六郎の出世の邪魔をする寄生虫よ! 私たちの石原家には, 絵里香ちゃんのような輝かしい女性が必要なの! 」 義母は私の腹部を思い切り蹴り上げた. 「もう遅い. そうよ, あなたはもう必要ないのよ. 慎六郎お兄様は, もうすぐ絵里香ちゃんと結婚するんだから! 」 結月が勝ち誇ったように言い放った.

第2章

胃からせり上がるような激痛に, 私は顔を歪め, お腹を抱え込んだ. 身体の痛みよりも, 心臓が握り潰されるような絶望が, 私の全身を支配した. 私は, 慎六郎のために, 私の全てを隠し, 平凡な妻を演じてきた. 彼の夢を支え, 彼の成功の陰で尽くしてきた. それなのに, 尽くしてきた私の末路がこれなのか. 『私の赤ちゃん…』 私は無力な母親だ. 何一つ守れない. 私は震える手で, 必死にお腹を庇った. しかし, 義母と結月の暴力は止まらない. 「この嘘つき女! 慎六郎お兄様を誑かすのもいい加減にしろ! 」 結月が, 私の頭を掴んで壁に打ち付けた. 視界が白く点滅する. 「死んでしまえばいいのよ! あなたのような女は, この世に必要ない! 」 義母は, 私の頬を何度も叩いた. 痛かった. 体が, もう限界だと叫んでいた. 朦朧とする意識の中で, 私の視界は赤く染まっていった. 熱い液体が, 太ももを伝って流れ落ちるのが分かった. 『血だ…』 激痛と共に, 私の体から大切なものが失われていくのが分かった. 「やめて…」 私はか細く呟いた. その時, 玄関のドアがけたたましい音を立てて開いた. 私は一瞬, 救われると期待した. 慎六郎が帰ってきたのだと. しかし, そこに現れたのは, 純白のドレスを身につけた絵里香だった. 彼女の瞳は潤み, まるで悲劇のヒロインのように見えた. 「奈津枝さん! なんてことをするの! ? 」 絵里香の甲高い声が, 部屋に響き渡った. その後ろからは, 大勢のメディア関係者が押し寄せ, 一斉にフラッシュを焚き始めた. 私は, 何が起こっているのか理解できなかった. フラッシュの眩しさに目が眩む. 薄れる視界の片隅に, 巨大な横断幕が見えた. そこには, 『家庭を壊す寄生虫, 野々村奈津枝』と書かれていた. 義母と結月は, 突然の事態に呆然と立ち尽くしていた. 計画が狂ったのだろう. 絵里香が, 私たちの計画を狂わせたのだ. 「お義母様, 結月ちゃん! 可哀そうな慎六郎さんを, 彼女から守ってあげて! 」 絵里香は涙ながらに叫び, 義母に抱きついた. そして, カメラに向かって, まるで演技でもするかのように泣き始めた. 「奈津枝さんは, 私が慎六郎さんと結婚するのを邪魔するために, 勝手に住み着いていたんです! 私たちが幸せになるのが, 許せないんです! 」 絵里香は私の顔を指差し, 身の毛のよだつような嘘を並べ立てた. 「彼女は, 私のいない間に慎六郎さんを誑かした家政婦なんです! 私の慎六郎さんを返して! 」 絵里香は, 私に駆け寄ると, 力任せに私の頬を叩いた. 私の顔には, すでに義母に叩かれた跡と, 血の味が広がっている. 「これが, 他人の家庭を壊した女の末路よ! 私のファンのみんな, 見ていてください! この女の醜い姿を! 」 絵里香は, カメラに向かって, 勝ち誇ったように叫んだ. 私は, あまりのことに頭が真っ白になった. 「あなたは…何をしているんですか…私が, 慎六郎さんの, 妻です…! 」 私は痛む体を引きずりながら, 精一杯の力で反論した. 「あなたが, 私たちを, 壊したんです…! 」 「嘘をつかないで! 慎六郎さんは, 私しか愛していない! あなたみたいな, どこぞの馬の骨かも分からない女に, 慎六郎さんの愛が分かるはずがない! 」 絵里香はヒステリックに叫んだ. その時, 義母が我に返った. 「そうよ! この女は寄生虫よ! 慎六郎の優しさにつけこんで, この家に居座っていたのよ! 今すぐ, この家から叩き出して! 」 メディアのフラッシュが, 一斉に私に向けられる. 私は, 屈辱と絶望の中で, 床に倒れ込んだ. その時, 玄関のドアから, 慎六郎が駆け込んできた. 「絵里香! 奈津枝! 一体, 何をしているんだ! 」 慎六郎は, 混乱した顔で叫んだ. 絵里香は, 震える体で慎六郎に抱きついた. 「慎六郎さん! 奈津枝さんが, 私を, 私をいじめるんです! 慎六郎さんとの結婚を邪魔するために…」 慎六郎の目に, 私への軽蔑と怒りが宿った. 私を信じるどころか, 絵里香の言葉を真に受けたのだ. 「奈津枝! 絵里香に謝れ! なんてことをするんだ! 」 慎六郎は, 私を指差して叫んだ. その瞬間, 私の下腹部に, 激しい痛みが走った. 熱い液体が, また, 大量に流れ出る. 『血だ…赤ちゃんが…』 私は, 声にならない悲鳴を上げた. お腹の子が, 私から離れていくのが分かった. 私の意識は, ゆっくりと遠のいていく. 最後に見たのは, 慎六郎の冷酷な目と, 絵里香の勝ち誇った笑顔だった. 鼻を突く消毒液の匂いで, 私は意識を取り戻した. 重い瞼をゆっくりと開くと, 目に飛び込んできたのは, 真っ白な病室の天井だった.

第3章

鼻を突く消毒液の匂いが, 私の意識を覚醒させた. 重い瞼をゆっくりと開くと, 目の前には真っ白な病室の天井が広がっていた. 左手には点滴の針が刺さり, 下腹部には鈍い痛みが走る. 全てが悪夢ではなかったことを, 身体が突きつけるように教えてきた. 『私の, 赤ちゃん…』 かすれた声で, 私は呟いた. 涙が, とめどなく溢れ出した. その時, ノックの音と共に看護師が部屋に入ってきた. 彼女は私に職業的な笑顔を向けた. 「篠崎さん, 意識がお戻りになりましたか. 気分はいかがですか? 」 私の名前は, 野々村奈津枝. 篠崎は旧姓だ. 結婚する際に, 私は自分の身分を隠し, 野々村姓を名乗っていた. 「赤…ちゃんは…? 」 私の問いかけに, 看護師の笑顔が消えた. 彼女は困ったように眉を下げた. 「…大変申し訳ございません. お子さんは, お助けできませんでした. 」 看護師の言葉に, 私の涙腺は決壊した. 分かっていた. 分かっていたはずなのに, 改めて突きつけられる現実に, 私はただ嗚咽するしかなかった. 「今はゆっくり休んでくださいね. 何かあれば, ナースコールで呼んでください. 」 看護師はそう言って, 静かに部屋を出て行った. 私は目を閉じ, 再び深い悲しみに沈もうとした. しかし, その時, 病室の外から, 聞き慣れた声が聞こえてきた. 「奈津枝のやつ, 本当に妊娠していたのか? 」 慎六郎の声だった. 「知らないわよ, 慎六郎くん. どうせ, あなたを繋ぎ止めるための嘘だったんでしょう? 」 義母の冷たい声が続く. 「そうよ, お兄ちゃん! あんな女, どうせろくなことしないわ. 絵里香ちゃんの方が, お兄ちゃんにはずっとお似合いだわ! 」 結月の嘲笑が聞こえた. 慎六郎は, 長い間沈黙していた. そして, 疲れたような声で言った. 「もういい…静かにしてくれ. 」 ドアが開き, 慎六郎が入ってきた. 彼の目には, 私への心配も, 後悔も, 何の感情も宿っていなかった. まるで, そこにいるのが私ではないかのように. その後ろには, 顔色の悪い絵里香が立っていた. 彼女は私よりも憔悴しているように見えた. だが, その瞳の奥には, 私への勝利と優越感がちらついていた. 「奈津枝さん…本当に, 申し訳ありませんでした. 私たち, あなたにいくらでも賠償金を払いますから…」 絵里香はか細い声で言った. その声には, 私を見下すような響きがあった. 私は, 心の中で冷笑した. 賠償金? 私, 篠崎奈津枝は, 篠崎グループの一人娘だ. 世界的に評価される覆面建築デザイナー「N」だ. これまで, いくらでも金を稼いできた. あなたたちの出す金など, 塵にも等しい. 五年間の結婚生活. 私は, 愛する慎六郎のために, 自分の身分とキャリアを隠し, ただの平凡な主婦を演じてきた. 彼の無能さを隠し, 彼のデザインを修正し, 彼を建築界のエリートに仕立て上げてきた. 両親は, 私の結婚に猛反対した. 「奈津枝, あなたは全てを捨てて, 彼一人に尽くすつもりなのか. いつか後悔することになるぞ. 」 父の声が, 耳元で蘇る. 私は, 愛があれば, どんな困難も乗り越えられると信じていた. 慎六郎の才能を信じていた. しかし, その愛は, 私を地獄へ突き落とすための鎖でしかなかった. 私の赤ちゃんを奪い, 私を嘲笑し, 私の尊厳を踏みにじる. こんな男と, こんな家族に, 私の人生を捧げてきたのか. 私は, もう, 限界だった. この愛は, 私を殺す. 私はゆっくりと体を起こした. 涙は, もう枯れていた. 血の気が引いた顔で, 私は彼ら一人一人を見つめた. 「石原慎六郎. 」 私の声は, 驚くほど冷静だった. 慎六郎は, 私の突然の呼びかけに, 目を見開いた. 絵里香と義母, 結月も, 私を凝視している. 「離婚しましょう. 」 私は, はっきりと告げた. 慎六郎の顔が, 驚愕に染まる. 絵里香も, 義母も, 結月も, 皆, 言葉を失っていた. その時, 病室の隅に隠れていた結月が, ニヤニヤと笑いながら飛び出してきた. 「やった! これで名実ともに, お兄ちゃんは絵里香ちゃんのものだ! 」

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