夫と二人三脚で, 地下室の小さなオフィスから上場企業へと会社を育て上げた. 14年間の結婚生活は, 苦楽を共にした愛の証だと信じていた. しかし, 待望の妊娠を告げた私に, 夫は冷酷にも中絶を強要した. 「今は重要な時期だ. お前のためなんだ」 その裏で, 彼は秘書の千鶴と, 隠し子である息子と幸せな家庭を築いていたのだ. 昨年の流産も事故ではなかった. 千鶴が階段に撒いた石鹸水のせいだと知りながら, 夫は私を欺き続けていた. 今, 彼は私を精神的に追い詰め, 会社のトップの座から引きずり下ろし, その場所を愛人に与えようとしている. 私の子供を二度も殺しておきながら, 自分たちは「完璧な家族」として笑っているなんて. 絶望の淵で, 私は涙を拭った. 会社の創立記念パーティー, 夫が私の「引退」を発表しようとしたその瞬間, 私はマイクを奪い取った. 「さあ, ショーの始まりよ」 私は夫の愛と名声を, 一夜にして地獄へと突き落とす. 第1章 佐伯朋美 POV: 夫から「重要な時期だ」「体のことが心配だ」と中絶を強要された瞬間, 私の世界は音を立てて崩れ落ちた. あの男が私を裏切っていた. それだけではない, 彼は私を物理的に, 精神的に, 会社のトップの座から引きずり下ろそうとしている. そして, その横には, 彼が溺愛する女が立っていた. 海斗は千鶴を抱き締め, 私に憎悪を込めた視線を向けた. その目は, まるで私が邪魔なゴミであるかのように. 「朋美, 千鶴がお前の代わりになる. お前はもう用済みだ」 彼の声が, 私の鼓膜を突き破った. 「馬鹿なことを言わないで! 」 私は怒りに震えながら, 海斗の手を突き飛ばした. そして, 千鶴の腕を掴み, 無理やり引き寄せた. 彼女の顔には一瞬, 怯えが浮かんだが, すぐに計算された媚びた表情に変わった. 「この女が, お前の代わりだと? ふざけるな! 」 私は千鶴の髪を掴み, 無理やり顔を上げさせた. 彼女の目は私を射抜いていた. 「お前は一体, 誰の女だ! 」 私の声は, ひどく震えていた. あの日のことを思い出す. 海斗が千鶴と不倫していると知った日. それは, ある雨の日の午後だった. 私は自宅で, 海斗のスーツの中から子供の絵と, 千鶴との親密な写真を見つけた. その瞬間, 私の心は凍りついた. 海斗は出張中で, 私は一人, 狂ったように家中の物を破壊した. 結婚式の写真を引き裂き, 家具を蹴り倒し, 食器を壁に投げつけた. 硝子の破片が飛び散り, 床に散らばった. 私の心も, それと同じように粉々に砕け散った. 家政婦の田中さんが慌てた様子で海斗に電話をかけているのが聞こえた. 「旦那様, 奥様が…様子がおかしいんです…」 田中さんの言葉が, わずかに私の意識を引き戻した. 私は破壊の真っ只中で, まるで操り人形のように動きを止めた. そして, そのまま床にへたり込んだ. 夜遅く, 海斗が帰ってきた. 彼は疲れた様子で, ネクタイを緩めながら玄関に入ってきた. 「どうしたんだ? 田中さんから連絡があったが, 何かあったのか? 」 彼は何食わぬ顔で私に問いかけた. 私は, 彼の首元に目をやった. 彼のネクタイの結び方が, いつもと違っていた. いつも, 彼のネクタイは私が結んでいた. 私は彼のために, 特別な結び方をしていた. それは, 彼が大学を卒業して初めての面接に行く朝, 私が教えてあげた結び方だった. 彼の成功を願って, 心を込めて. しかし, 今日彼の首元にあるのは, 私が結んだものではなかった. それは, 見覚えのある結び方だった. 千鶴が彼の秘書として入社した頃, 彼女は不器用で, ネクタイの結び方も知らなかった. ある日, 海斗が「千鶴がネクタイの結び方を教えてくれと頼んできた」と笑いながら話していたのを思い出した. 私はその時, 彼が新人育成に熱心なのだと信じていた. 彼の優しさに, 密かに感動さえしていた. だが, あの結び方は, 千鶴が彼に教えてもらった, と得意げに話していた, 彼女独自の結び方だった. その瞬間, 私の心臓は止まったかのように感じた. 海斗は千鶴のことを頻繁に口にするようになった. 最初は仕事の愚痴のように聞こえたが, その声色には奇妙な感情が混じっていた. 「千鶴は本当にドジなんだ. コーヒーをひっくり返してばかりで, 全く手が掛かる」 そう言う彼の口元は, なぜか緩んでいた. 私は嫉妬に狂い, 海斗に千鶴を解雇するよう迫った. 「あの女をクビにして! 」 私の剣幕に, 海斗は眉をひそめた. 「朋美, 君はまた感情的になっている. 冷静になれ」 彼は私を不合理だと非難した. 結局, 彼は渋々千鶴を別の部署に異動させた. 私は一時的に勝利を味わったが, それは偽りの勝利だった. 人というものは, 愛憎の間に揺れ動く. 心が一度変われば, 誰にも止めることはできない. 海斗は千鶴と密かに連絡を取り合っていた. 彼の視線は, 私が気づかないふりをしていることを知っているかのように, 冷たく私を突き刺した. 私は, 自分が愚かな女だと感じた. 床に座り込んだまま, 私は海斗に尋ねた. 「千鶴はどこ? 」 私の声は, 死んだように冷たかった. 海斗の顔色が, 一瞬で変わった. 「何を言っているんだ? お前, まさか狂ったのか? 」 彼は怒鳴ったが, その目には焦りが浮かんでいた. 私は, 手に持っていた写真を一枚一枚, 彼の目の前に広げた. そこには, 海斗と千鶴が抱き合っている姿, キスをしている姿, 病院のベッドで子供を囲んで微笑んでいる姿が収められていた. 鮮明な写真の数々が, 彼の嘘を暴き立てた. 私の体は激しく震え, 感情を抑えることができなかった. 海斗は沈黙したまま, 何も言えなかった. やがて, 彼はかすれた声で言った. 「もう, 知ってしまったのか」 彼の声には, 諦めと, ほんの少しの安堵が混じっていた. 彼は千鶴との出会いを語り始めた. それは, まるで安っぽいドラマのような話だった. 「最初は, 彼女のことなんて何とも思っていなかったんだ」 彼はそう言ったが, その言葉には嘘が混じっていることは明白だった. 「でも, あの頃の俺は, 仕事で色々と大変だった. そんな時, いつも俺のそばにいて, 明るく振る舞ってくれたのが千鶴だったんだ」 彼は, 自分自身の裏切りを正当化しようと必死だった. その言葉を聞いて, 私の心はさらに深く沈んだ.
佐伯朋美 POV: 開け放たれた窓から, 冷たい風が吹き込んできた. カーテンが激しく揺れ, 部屋の空気を一層重くする. 海斗は煙草に火をつけ, その煙が彼の顔を覆い隠した. 彼の目は, 煙の向こうで私を見つめているが, その表情は読めない. 「千鶴は, まるで小さな太陽のようだった」 海斗は煙草の煙を吐き出しながら言った. 「いつも明るくて, 俺を元気にしてくれた. お前と違って, すぐに感情的になったり, ヒステリックになったりしない」 彼の言葉は, 私の心を深く抉った. 「仕事で疲れて帰ってきても, 家ではお前の不安定な感情の世話をしなければならない. 正直, 疲れたんだ」 彼は眉間を揉み, 心底疲れているかのように見えた. 「俺も, 疲れたんだよ」 その言葉は, 私の心を氷のように冷やした. 私は呆然と海斗を見ていた. そして, ようやく口を開いた. 「離婚しましょう」 私の声は, 私自身でも驚くほど冷静だった. 海斗は顔を上げ, 私の目を真っ直ぐ見つめた. その目は, 真剣そのものだった. 「朋美, 俺は一度たりとも, お前と別れることなんて考えたことがない」 彼はそう言ったが, その言葉はただの嘘に聞こえた. 「ただ, 少しだけ『息抜き』がしたかったんだ. そうしないと, 俺はもうお前を愛する自信をなくしてしまうと思ったんだ」 彼の言葉に, 私は吐き気がした. 千鶴が, 彼の「息抜き」の場所だったのだ. 私は, あまりにも馬鹿らしくて, 笑いが込み上げてきた. 信じられないという目で海斗を見つめる. 「よくそんな恥知らずなことが言えるわね」 私の声には, 怒りが滲んでいた. 海斗は煙草の煙を吐き出し, 苛立ちと焦りを滲ませた声で言った. 「俺は最初, ずっとお前を支えていくつもりだった. でも, お前は…狂った時, 本当に醜い」 彼の言葉は, まるで鋭いナイフのように私の心を突き刺した. 心がバラバラになるような痛みだった. 私は唇を震わせ, 無理やり笑おうとした. しかし, それは泣き顔よりも醜かった. 「そう. よく今まで我慢してくれたわね. 感謝するわ」 私の声は, 皮肉に満ちていた. 海斗は深いため息をつき, 私を抱き起こそうと腰をかがめた. 「だから, 離婚はしない. 俺たちは夫婦だ」 彼の言葉が途切れた瞬間, けたたましい電話のベルが鳴り響いた. 海斗の携帯だった. 電話の向こうから, 千鶴の焦った声が聞こえてきた. 「海斗さん! 蓮が…蓮が! 」 蓮, という子供の名前が聞こえると, 海斗の顔色が変わり, 彼は慌てて立ち上がった. 私は反射的に彼の腕を掴んだ. 「その子, 誰なの? 」 私の声は, 震えていた. 海斗は私の手を振り払うと, 足早に部屋を出て行った. 私は怒りに震えながら, 彼の後を追った. 病院に着くと, 海斗と千鶴が病室のベッドのそばに立っているのが見えた. ベッドには, 息苦しそうにしている幼い男の子が横たわっていた. 千鶴は海斗の胸に顔を埋めて泣き, 海斗は優しく彼女を慰めていた. まるで, 「完璧な家族の肖像画」のようだった. 私は, その絵の中に, 場違いな「汚点」として立っている自分を感じた. 「海斗! 」 私の声が, 病院の廊下に響き渡った. 海斗と千鶴は, 驚いたように振り返った. 彼らの顔には, 罪悪感と苛立ちが混じっていた. 海斗は私を邪魔者を見るような冷たい目で睨んだ. 「なぜここにいるんだ? 」 彼の声は, 低く冷たかった. 私は唇を震わせながら, 子供を指差した. 「この子は... 誰なの? 」 私の心の中では, 答えはもう分かっていた. だが, 彼の口からその言葉を聞きたかった. 私たちの14年間の愛が, どれほど価値のないものだったのかを証明してほしかった. 千鶴は怯えたように, 海斗の背中に隠れた. 「今はそんな話をしている場合じゃないだろ. 子供が病気なんだぞ」 海斗はそう言い, 事態を複雑にした私を責めるような目を向けた. 怒りと絶望で, 私の目の前が真っ暗になった. 頭がクラクラする. 私はフラフラと一歩前へ踏み出した. 「答えてよ! 」 私は叫んだ. 海斗は私の叫びを無視し, 千鶴を抱き締めると, 病室へ向かおうとした. 私は彼の行く手を阻んだ. 彼を行かせたくなかった. 私の目の前が霞んで見えなかった. この曖昧な地獄から, 私を解放してほしかった. 「邪魔だ. どけ」 海斗の声は, 冷酷だった. 私は首を横に振った. 彼は力ずくで私を突き飛ばした. 私はバランスを崩し, 冷たい病院の床に倒れ込んだ. 呼吸が苦しい. 海斗は振り返ることなく, 千鶴と共に廊下の向こうへ消えていった. 冷たい床が, 私の心臓の奥深くまで凍らせていく. 涙はもう出なかった. 私の心の中では, 悲鳴が響き渡っていた. 私は震える足で立ち上がり, もう一度, 彼らの後を追った. もうこれ以上, 真実から逃げるわけにはいかない.
佐伯朋美 POV: 海斗は私を病院の階段の踊り場まで引きずり, 怒りに満ちた声で私を問い詰めた. 「あんないい加減なことを, 子供の前で言うな! 」 私は彼に掴まれた手首が赤くなっているのを撫でながら, 冷たく言い返した. 「何が間違っていたの? 『妻』という言葉が間違いだった? それとも, 私の子が殺されたという事実が間違いだった? 」 私の言葉に, 海斗の表情が一瞬にして凍りついた. 海斗は声を荒げた. 「あれは事故だったんだ! 」 私は病院の壁に寄りかかり, 彼をじっと見つめた. 「あなたは, その言葉を信じているの? 」 私の声には, 皮肉が込められていた. 一年前, 私は出張から帰り, 海斗に妊娠を告げようと胸を弾ませていた. しかし, 自宅の玄関を開けると, そこには信じられない光景が広がっていた. リビングはめちゃくちゃに荒らされ, 二人の結婚写真が引き裂かれ, 階段の踊り場に散乱していた. 私は急いで階段を駆け上がろうとした瞬間, 足元に広がる油のような滑る液体に気づいた. そして, そのまま階段から転落し, 腹の中の子供を失った. 海斗は当時, 親戚の子供の悪戯だと私に説明した. 私はその言葉を信じた. 「あなたは人間じゃないの? 」 私の声は, 怒りと悲しみで震えていた. 海斗は何も言えず, 視線を彷徨わせた. 私の目から, 止めどなく涙が溢れ落ちた. 体全体が震え, 崩れ落ちそうになる. 「どうしてこんなことができるの? なぜ? 」 流産の後, 私は夜な夜な悪夢にうなされた. 血まみれの赤ちゃんが私を責める夢. 私は病気になり, 感情をコントロールできなくなった. 自分自身を責め, 海斗を憎み, 親戚の子供を恨んだ. 海斗は最初こそ同情してくれたが, 次第に苛立つようになった. 「お前は狂った女だ! 子供のせいにするな! 」 彼は私を罵倒し, あの子供を擁護した. あの子供が, 彼の子供だったなんて. 私の心は, 激痛に襲われた. 私は舌を噛みしめ, その痛みに耐えた. 海斗はあの時, 私を慰めた. 「大丈夫だ. また産める」 その言葉が, 今となっては残酷な嘘に聞こえる. 「あなたの慰めの言葉は, 全て嘘だったのね」 私は彼を真っ直ぐ見つめた. 「私が苦しんでいる間, あなたは千鶴と, 彼女との子供と, 幸せな家庭を築いていたのね」 私の絶望は, 彼にとってただの滑稽な芝居に過ぎなかったのだろうか. 私の言葉は海斗の心を深く突き刺したようだった. 彼の顔色は青ざめ, その目は動揺していた. 彼は私の視線を避け, 壁を見つめた. 「朋美…」 彼の声は, 言い訳を探しているかのように聞こえた. もう, 彼の言葉を信じることはできない. 14年間の愛が, 全て嘘の上に築かれていたのだ. 私は, この絶望の中で, 彼に最も残酷な真実を告げることにした. それが復讐なのか, それとも自分をさらに傷つける行為なのか, 私には分からなかった. ただ, もう一人でこの重荷を背負いきれない. 私は深呼吸をし, 彼の目を真っ直ぐ見つめた. そして, 冷静に, はっきりと告げた. 「私, 妊娠したわ」 海斗の顔に, 驚愕の表情が浮かんだ. 彼はすぐに反応できなかった. 「今, なんて言った? 」 彼は信じられないというように繰り返した. 「妊娠した, って言ったのよ」 私の言葉に, 彼の瞳孔は収縮し, 眉間に深い皺が刻まれた. 彼は私の腹部に視線を落とし, 数秒間そのままでいた. そして, か細い声で呟いた. 「妊娠…」 私の体が, 一瞬にして凍りついた. 彼の表情に, 喜びの色は微塵もなかった. ただ, 驚愕, 計算, そして嫌悪が混じり合っているだけだった. 私の最後の希望が, 粉々に砕け散った. 私はフラフラと壁に寄りかかり, ほとんど崩れ落ちそうになった. 呼吸ができない. 海斗は何も言わず, ただ私を見下ろしていた. 彼の沈黙が, 彼の感情を雄弁に物語っていた. 私は虚ろな目で, 床の光の斑点を見つめていた.