私の魂は, 手術台に横たわる自分の体を見下ろしていた. メスを握るのは, 私が愛した男, 光登. 彼は私の腎臓を彼の想い人のためにえぐり出すと, 冷たく言い放った. 「残りは処分しろ」 その時, 彼は私のお腹にかすかな膨らみを見つける. そこには彼の子供が宿っていた. それでも光登は躊躇わず, 私の体を硫酸のプールへ投げ込んだ. 彼を救うため片方の腎臓を捧げ, 彼の子供を身籠った私だと, 本当に, 本当に気づいていなかったの? 第1章 松永翔世 POV: 私の体は, 簡素な手術台の上に冷たく横たわっていた. まだ, わずかなぬくもりが残っていたけれど, それはもう私のものではなかった. 周りの人々は, 私の存在にまるで関心がなかった. 彼らの視線は, 無機質な器具や, 次に何をすべきかを示す指示書に向けられていた. 私の魂は, 宙を漂い, この信じられない光景をただ見下ろしていた. ひんやりとした空気が肌を撫でる. 誰かが私に近づいてくるのが分かった. 手には, 鈍く光るメス. その人物は私の胸に手を置いた. まるで彫刻家が傑作を完成させるかのように, ゆっくりと, そして精密に, 私の胸郭を切り開いていく. 血がにじみ, 鮮やかな赤色が白い布に滲んでいく. 痛みはなかった. ただ, すべてを冷徹に見つめているだけだった. 「腎臓は一つだけか…? 」 その声が聞こえた時, 体の奥底で何かがざわめいた. 私は, その言葉の意味を理解した. そして, その驚きが, 彼らにとってはただの事実確認でしかないことに, 深い絶望を感じた. しかし, 彼の手は止まらなかった. 迷わず, 次の作業へと移る. その手つきは, あまりにも熟練していて, あまりにも冷酷だった. 彼の専門性が, 私をさらに非人間的な存在へと貶める. 温かい血に染まった臓器が, 私の体から抜き取られた. それは, まるで宝石のように, 特別な容器に入れられた. ガラスの向こうで, 私の体の一部が脈打っているのが見えた. 皮肉にも, それは私自身よりも, ずっと生き生きとして見えた. 「これをすぐに病院へ. 移植の手配をさせろ. 」 彼の声は命令だった. その臓器が, 誰かの命を救うために使われるのだと分かった. だが, その「誰か」のために, 私の命が奪われたのだという事実が, 私の心を締め付けた. 「残った方はどうしますか, 光登さん? 」 もう一人の声がした. 健吾の声だった. 私の魂は, その声に反応して, 彼の顔を見上げた. 彼の表情には, かすかな戸惑いが見えたけれど, それはすぐに消え去った. 「こんなもの, どうせ誰も探しに来やしないさ. 身元不明の死体だ. 警察に連絡しても, 面倒が増えるだけだ. 」 光登は冷たく言い放った. その言葉が, 私の魂を深く切り裂いた. 私は, 彼にとって, もうただの「もの」でしかなかったのだ. 健吾は, 少し不満そうな顔をしていたが, 光登の言葉に逆らうことはできなかった. 光登は, 血に濡れた手を洗い流した. その顔には, 一切の感情が宿っていなかった. まるで, ただの日常業務を終えたかのように, 淡々としていた. 「念のため, 処分してしまえ. 」 彼の声は, 疲れているように聞こえた. だが, その言葉には, 深い冷酷さが潜んでいた. 私の体は, 彼にとって, もう何の価値もない, ただの邪魔な存在だった. 健吾は, 光登の言葉に納得できないようだったが, 何も言い返せなかった. 彼は, 私の体を, まるでゴミのように扱う光登の姿を見ていた. 私という存在は, あの時, 完全に消え去った. ただの「胴体」として扱われ, その残骸すらも, 彼らの手によって消されようとしていた. 臓器だけが, 彼らにとって価値のあるものだった. 健吾の疑問は, 光登によって一蹴された. 彼の目には, 私への軽蔑と, 深い無関心しかなかった. 私の魂は, そこで, すべての希望を失った. 「念のため, 処分してしまえ. 」 その言葉が, 私の最期の記憶となった.
松永翔世 POV: 私の体は, 処理される段階で, ある「異変」に見舞われた. 健吾が処理を進める中, 彼は動揺したように光登を呼んだ. 私の腹部が, かすかに膨らんでいることに気づいたのだ. 「光登さん, これ…」 健吾の声が震えていた. 光登が近づき, その目で私の腹部を見た. 彼の顔に, 一瞬だけ, 驚きの感情がよぎった. 私は, 彼が何に気づいたのかを知っていた. それは, 妊娠だった. 私たちの, 小さな, まだ見ぬ命. その事実に, 私の魂は, 深い悲しみと, 言いようのない絶望に包まれた. 健吾は, 私の腹部に刻まれた, 焼け焦げた傷跡にも気づいたようだった. それは, 私の過去の悲劇を物語るものだった. 光登は, その傷跡を見て, 何かを思い出しているようだったが, すぐに表情を消した. 彼は, 私と一緒にいるとき, いつも暗がりを好んだ. 私の顔を見ることを避けるように, 彼の視線はいつも別の場所を彷徨っていた. でも, 私は, 彼が私の体に慣れてくれたのだと, 自分に言い聞かせていた. 彼が私を受け入れてくれる日が来ることを, 心の底から願っていた. 私の腹部の傷跡. それは, 幼い頃, 父がタバコの火でつけたものだった. 熱い痛みが, 私の体に刻み込まれた, 消えない記憶. でも, 不思議なことに, 光登は, 以前はあの傷跡を愛おしそうに撫でてくれたことがあった. 「梅の花の印だ」と, 彼は言った. 「神様が与えた印だ」とも言った. あの頃の彼は, 私の傷跡を, 美しく, 特別なものだと感じてくれていた. だが, 今, その同じ傷跡を前にしても, 彼の目には何の感情も浮かんでいなかった. 彼は, 一瞬の驚きの後, 私の体を硫酸のプールに投げ入れた. ジュウ, という音とともに, 私の体は, 彼の世界から完全に消え去ろうとしていた. 痛みはなかったが, 私の魂は, 体が溶けていくような, 耐え難い苦痛を感じた. まるで, 生きたまま溶かされていくような, 超現実的な感覚. 彼は, 知っていたのだろうか? この体が, 私のものであることを. 彼は, 最初から, こうするつもりだったのだろうか? 健吾は, 妊娠している体が, こんなにも無残に扱われることに, 深くため息をついた. 彼の表情には, 同情と, わずかな怒りが見えた. だが, 光登は, そんな健吾の言葉を意に介さず, 冷笑した. 「どうせ, どこかの闇市場で捨てられた人間だ. 誰も気にしない. 」 彼の言葉が, 私の魂を完全に打ち砕いた. 私の人生は, 本当に無意味だったのか? 彼の言葉は, 私の存在そのものを否定した. 私は, 彼にとって, ただの「もの」でしかなかった. 硫酸が私の体を溶かしていく. 肉が剥がれ落ち, 骨が砕ける. だが, その身体的な痛みよりも, 彼の言葉のほうが, ずっと私を傷つけた. 光登は, 妊娠した私の体を, 何の躊躇もなく処理した. 彼の目には, 倫理も, 人間性も感じられなかった. 健吾は, ただただ光登の冷酷さにため息をつくばかりだった. 光登は, 私の身分を蔑み, 私の存在を否定した. 彼の言葉が, 私の魂に突き刺さる. 「そうか, 私は, あなたにとって, ただそれだけの存在だったのか. 」私の魂は, 深く, 深く, 沈んでいった.
松永翔世 POV: 光登は, 家路を急いでいた. 眉間を揉みしだく彼の顔には, 疲労と, わずかな不安が滲んでいた. 何か大きなことを成し遂げた後, 彼はいつも不安定になる. それは, まるで嵐の前の静けさのようだった. 彼はスマートフォンを取り出し, メッセージアプリを開いた. 指が, 私の名前の上に止まる. トーク履歴には, 私たちの一ヶ月前の激しい口論が, まだ鮮明に残っていた. 一ヶ月前, 彼は突然, 結婚しようと言った. 私たちはずっと, 幼い頃から一緒にベッドを共有し, まるで兄妹のように育った. だが, 世間的には, 私たちは恋人同士ではなかった. 彼は私を「妹」と呼び, 決して「恋人」とは言わなかった. だから, 彼の突然のプロポーズは, 私の人生における数少ない喜びの一つだった. だが, その喜びは, すぐに絶望へと変わった. 彼が私に求めたのは, 愛ではなく, 腎臓だった. 彼の長年の想い人である佳奈のために, 私の腎臓を差し出せと言うのだ. 私は, その言葉に衝撃を受け, 手話で応えることもできなかった. ただ, 反射的に首を振った. 「いやだ」と, 全身で訴えた. その瞬間, 彼の顔は怒りで歪んだ. 私たちは, 激しく言い争った. 「お前は馬鹿か! ? 佳奈の命がかかっているんだぞ! その程度のことでぐずぐず言うな! 」 彼は私を自 selfishだと罵り, 佳奈の命の重さを説いた. 「俺は国内で最も優秀な医者だ. 手術は安全にできる. 何を心配しているんだ? 」 彼は, 自分の専門知識をひけらかし, 私の不安を掻き立てた. 私は必死に手話で訴えた. 「私には, もう腎臓が一つしかない! 」 だが, 彼は私の言葉を理解しようとせず, ただただ失望した表情を浮かべた. 「お前は, 俺の母親と同じだ. 冷酷で, 自分勝手だ. 死んでしまえ! 」 彼の言葉は, 私の心を深く抉った. 彼は, 私の父が母を罵った, あの忌まわしい言葉を私に投げつけた. 彼は, その言葉を吐き捨てると, 部屋から出て行った. 私は, 彼を引き止めようと, 必死に手話を動かしたが, 彼は一度も振り返らなかった. 彼が知る由もなかっただろう. 私が, 彼を救うために, 片方の腎臓を差し出していたことを. 彼の言葉は, 私の心に深く突き刺さった. 私は, 彼のそばにいたいと, どんなに願ったことだろう. たとえ, 彼の愛ではなくても, 兄として, 家族として, 彼のそばにいることができれば, それだけでよかった. でも, 彼は, もう私を必要としていなかった. 彼が, たとえこの事実を知ったとしても, 何も変わらなかっただろう. 彼は, 最初から, 私のことを憎んでいたのだ. 私の愛は, 絶望へと変わった. 彼の言葉が, 私の魂を, 永遠に呪縛する. 彼の私への憎しみは, 私の愛を, 完全に打ち砕いた.