残り72時間:残酷なアルファに拷問された私の愛
第1章

人魚である私には、陸で生きるための絶対的なルールがあった。3年以内に運命の番(つがい)を見つけ、真実の愛のキスを受けること。そうでなければ、私は海の泡となって消滅する。 期限まで残り72時間。ようやく再会した狼族の王・サイラスは、愛おしげな瞳ではなく、底知れぬ憎悪で私を見下ろした。 「まだ生きていたか、魚臭い女め」 彼は私が彼の両親を誘拐した犯人だと信じ込み、あろうことか私の肩に腐食性の毒薬を浴びせた。皮膚が焼け焦げる激痛の中、私は必死に弁解しようとしたが、彼は聞く耳を持たなかった。 それどころか、彼は愛人のエミリーの嘘を信じ、私の命の源である「人魚の真珠」を、私自身の手で抉り出すよう命じたのだ。 「さあ、自分で取り出せ。これは命令だ」 アルファ・コマンドに逆らえず、私は泣きながら自分の胸を引き裂いた。さらに彼は、私を助けに来た幼い弟さえも、冷酷に殺害させた。弟がただの海水となって溶けていくのを見た瞬間、私の心は完全に壊れた。 そして運命の刻。行方不明だった彼の両親が帰還し、全領民に向けて真実を告げた。 「サイラス!マリーナ姫は私たちを裏切り者から匿い、自分の血を分け与えて2年間も生かしてくれた恩人だぞ!」 顔面蒼白になったサイラスが地下牢へ駆け込んできた時、水槽の中の私はすでに下半身から透明になり始めていた。 「マリーナ!すまない、俺が悪かった!行かないでくれ!」 必死に水面を掻き回す彼の手をすり抜け、私は無数の泡となって弾け飛んだ。ただ汚れた水だけを残して。 愛する番を自らの手で拷บ問し、殺してしまったサイラス。 狂気と絶望に染まった彼は、裏切り者のエミリーを残虐に処刑した後、月の光が照らす海へと向かった。 「待っていてくれ、マリーナ。今そちらへ行く」 彼は躊躇うことなく、冷たい深海へとその身を沈めていった。 第1章 マリーナ視点 頬が凍えるほど冷たい石の床に擦り付けられる。砂時計の砂が落ちるように、私の命が少しずつ零れ落ちていくのを感じた。 七十二時間。 それが、私に残された全ての時間。 海を離れて、もうすぐ三年が経つ。私たちサイレンにとって、陸で生きるためのルールは残酷なほどに単純だ。三年以内に「運命の番」から刻印を受け、真実の愛のキスを交わすこと。 それができなければ、体は陸を拒絶し、私たちは海の泡となって消える。例外はない。 重い鉄の扉が、軋みながら開いた。 体が震える。恐怖だけではない。私の魂が、裏切り者にもかかわらず、彼を求めて叫んでいたからだ。 サイラス。 「月影」の一族を率いるアルファの王。そして、私の番となるべく生まれた男。 彼が一歩足を踏み入れた瞬間、嵐の海の塩気と、深く湿った杉の木が混じり合った香りが、殴られたかのような衝撃で私を襲った。私の内に宿るサイレンは、歌うどころか、彼を求めて悲鳴を上げていた。 しかし、彼の瞳に愛はなかった。底なしの、氷のような憎悪だけが宿っていた。 「まだ息があったか、魚女」 サイラスは私を見下ろし、その美しい顔を嘲笑で歪めた。彼の手には、ガラスの小瓶が握られている。 「サイラス…」 彼の名を囁くと、唇がひび割れた。それは祈りであり、呪いだった。 「その汚れた口で、俺の名を呼ぶな!」 彼は小瓶の栓を抜き、中身を私の肩に逆さまにぶちまけた。 「あああああっ!」 悲鳴で喉が張り裂けそうになる。それは水ではなかった。濃縮されたトリカブトと酸を混ぜ合わせた毒液だった。 肉が泡立ち、皮膚から煙が上がる。私の「月光の血」は人間よりも早く傷を癒すが、それは偽りの呪いでしかない。彼が私をより長く拷問できるというだけなのだから。 「痛むか?お前の同族が俺の両親にしたことに比べれば、大したことはないだろう」 彼は私の髪を鷲掴みにし、私たちの視線が絡み合うまで頭を引き上げた。ほんの一瞬、彼の瞳孔が開くのが見えた。彼の内なる狼が、私を認識したのだ。私を、欲している。 番の絆。否定しようのない、磁石のような引力。 だがサイラスは、その本能を侮蔑という名のブーツで踏み潰した。 「気色悪いな…サイレンの魔術で俺を惑わそうとしているのか?吐き気がする」 彼は私をゴミ袋のように投げ捨てた。 「立て」 アルファ・コマンドが、重力のように私を押し潰す。私の体は意思に反して動き、震える膝で立ち上がろうともがいた。しかし、毒液が筋肉の奥深くまで侵食し、私は崩れ落ちた。 「立てと言ったのが聞こえないのか!」 圧力が増し、骨が軋む。私は泣きながら床を這い、血まみれの膝でなんとか跪いた。 「両親をどこへ隠した?三年前にお前たちが誘拐した、先代のアルファとルナはどこだ?」 「言えない…言えないの…」 「頑固な雌犬め」 廊下から、ハイヒールの音が響いた。 「サイラス、あなた。そんな化け物と遊んでいないで、赤ちゃんを見に来てちょうだい」 エミリーが入ってきた。彼女は膨らんだお腹をさすり、私を見てにやりと笑う。現在、ルナの座に居座っている女。 「エミリー、ここへは来るなと言っただろう。血の匂いはお前に良くない」 サイラスの声が、瞬時に和らいだ。その変化が、毒液よりも心を焼いた。 エミリーは私の焼け爛れた肩を一瞥し、鼻にしわを寄せた。そして、わざとよろめき、壁の鋭い鉄の燭台に腕をこすりつけた。 「きゃあっ!サイラス!この女がやったのよ!魔法で私を転ばせたんだわ!」 あまりにも見え透いた嘘だった。私は指一本動かしていない。しかしサイラスにとって、彼女の言葉は福音だった。 「貴様…」 バキッ。 彼に張り倒され、私は壁まで吹き飛ばされた。口の中に鉄の味が広がる。 「俺のルナと子を傷つけようとするとはな。死にたいらしい」 サイラスは私の襟首を掴み、狂気に満ちた目で私の胸を見つめた。 「エミリーは弱っている。サイレンの体内にある『真珠』には…治癒の力があるそうだな」 私は息を呑んだ。真珠は、私たちの生命力の結晶。それを取り出すことは、自らの心臓を抉り出すにも等しい。 「やめて…お願い、サイラス…」 「やれ。自らの手で抉り出せ。……これは、命令だ」 コマンドが、私の神経系を乗っ取った。 右手が、まるで操り人形のように動く。激しく震える指が、自らの胸の皮膚に食い込んでいく。 「あああああっ!ああああああああ!」 爪が肉を裂き、肋骨を削る感触が伝わる。意識を失いかけたが、コマンドがそれを許さない。絶叫し、涙を流しながら、私は胸骨の下で脈打つ淡いピンク色の宝石に指を引っかけた。 ブチッという湿った鈍い音と共に、私はそれを引きずり出した。 血に濡れたそれが、床に落ちる。生命力の半分が蒸発し、視界が灰色に染まった。 サイラスはそれを拾い上げ、ハンカチで拭うとエミリーに手渡した。 「これでよくなるはずだ」 「まあ、綺麗ね。ありがとう、サイラス」エミリーは、私の命を安物の装飾品のように手の中で転がした。 「こいつを片付けろ」サイラスは冷たい無関心さで私を見下ろした。「地下牢に放り込んでおけ。明日は、あの椅子を使う」 荒々しい手が、私の足首を掴んだ。 「待って…サイラス…」 彼は、振り返らなかった。 廊下を引きずられていく途中、使用人たちが氷の入ったバケツの水を浴びせかけ、笑った。 「海が恋しいか、人魚さんよ?」 残り、六十九時間。 暗闇の中、一粒の涙が頬を伝い、冷たい床の上で小さな真珠となって固まった。

第2章

サイラス視点 何かがおかしい。 マリーナを地下牢に放り込んでも、肌の下で蠢くような苛立ちが収まらない。 内なる狼が、頭蓋の内側で檻を引っ掻き、苛立たしげに歩き回っている。 (何故だ!何故彼女を傷つける!彼女は我々のものだぞ!) 「違う!あれは番ではない。俺の両親を殺した化け物の娘だ」 二年前、浜辺で彼女を見つけた時のことを思い出す。衝撃は地殻変動のようだった。彼女の香り――潮風と野の花の香りが、俺を跪かせそうになった。 だが、それは罠だ。サイレンは化け物なのだ。 (アルファ。噂が広まっています) ベータが、思考で話しかけてきた。 (あのサイレンが、独房からエミリー様に黒魔術で呪いをかけていると) 視界が赤く染まった。 「あの雌犬…まだ懲りていなかったか」 俺は尋問室へと嵐のように向かった。 マリーナは椅子に拘束されていた。毒液による火傷は治っていない。まるで壊れた人形のようだった。 「今度は呪いか?」 「違う…私は何も…」 「嘘つきめ」 俺はスイッチを入れた。 電流が彼女の体を駆け巡る。彼女の絶叫が空気を引き裂き、その体は拘束具に逆らって激しく反り返った。口からは血の泡が溢れる。 鋭い痛みが、俺自身の胸を貫いた。同調の痛みか。 (クソッ、こいつの魔力は強力だ) 俺は電源を切った。彼女の頭ががくりと前に垂れる。彼女の胸元から何かが落ちた――俺が奪ったものではない、古びて風化した真珠が。 「返して…母の…」 「こんなガラクタがか?」 俺はそれをブーツで踏み砕いた。……後に残ったのは、ただの塵だけだった。 「お前は俺の両親を奪った。だから俺は、お前のものを奪う」 「……憎んでやる」彼女は囁いた。「サイラス…あんたを、憎んでやる!」 その言葉が、俺の中の何かを断ち切った。俺の番が…俺を憎む? 俺は彼女の顎を掴み、その唇に自分の唇を叩きつけた。 爆発。 接触した点から、電気的な熱がほとばしり、薬物のように血管を駆け巡る。魂が、ついに一体となった歓喜の雄叫びを上げた。それは、否定しようのない証拠だった。 俺は息を切らしながら、彼女を突き放した。 「汚らわしい!これも魔術か!」 認めるわけにはいかなかった。 「こいつに水をやれ」俺は衛兵に命じ、彼女の乾いてひび割れた肌を見つめた。「水槽を持ってこい」 彼らはガラスの水槽を持ってきたが、俺はそれを硝酸銀を溶かし込んだ塩水で満たした。 「存分に泳ぐといい」 俺は彼女を、その中へ投げ込んだ。 水がジュッと音を立てた。彼女の悲鳴は、瀕死の獣の鳴き声のようだった。 俺は、それ以上見ていられずに背を向けた。ガラス越しに、エミリーが溺れる少女に向かって、声を出さずに一言、こう告げるのが見えた。 (死ね) 残り、四十八時間。

第3章

マリーナ視点 彼の夢を見ていた。 太陽の下で、サイラスが私の髪を梳いてくれる夢。私を、彼のルナと呼んでくれる夢。 「マリーナ、愛している」 バシャッ。 汚れた水が、私の顔に叩きつけられた。 「起きろ、寄生虫」 エミリーだった。 叫ぶことはできなかった。喉が焼け付いて、声が出ない。私は中庭のゴミ捨て場に引きずり出されていた。真昼の太陽が、私の肌をじりじりと焼いている。 「お腹、空いたでしょう?」 エミリーが、トレーを私の足元に蹴り寄こした。灰色の汚泥にまみれた、腐りかけの肉。 「食べなさい。特別なものよ」 彼女が衛兵に合図すると、彼は私の顎を無理やりこじ開けた。 「昨日捕まえたサイレンの肉よ」 思考が停止した。 彼女は、スプーンを私の口に押し込んだ。 「美味しいでしょう?家族の味よ」 私はえずいた。吐き出そうとしたが、衛兵が私の口を塞ぎ、飲み込むまで離さなかった。 魂に、ひびが入るのを感じた。涙が頬を伝う。激しく咳き込むと、吐瀉物がエミリーの踵を汚した。 「うわっ!汚らしい!」 そこへ、サイラスが歩いてきた。 「サイラス!この女、わざと私に吐きかけたのよ!」 彼は私の火傷を見なかった。私の瞳に宿る絶望を見なかった。彼が見たのは、エミリーの靴だけだった。 「こいつの口を塞いでおけ。行儀よく食べられないなら、食う資格はない」 粘着テープが、私の悲鳴を封じた。 「エミリー、新しい靴を買いに行こう」 「実はね、サイラス…絵を描きたいの。でも、赤色が足りなくて」 「好きにしろ。ただし、奴が口を割るまでは生かしておけ」 彼は去っていった。 エミリーは微笑んだ。「アトリエに連れてきて」 中には、真っ白なキャンバスが待っていた。 「サイレンの血は、乾くと実に美しい艶やかな深紅になるのよ」彼女は言った。 メイドが、錆びた銀のナイフで私の手首を切りつけた。 私の血がバケツに満ちていく間、エミリーはおしゃべりを続けた。 「知ってた?サイレンの心臓をすり潰すと、最高のフェイスクリームになるのよ。でも、王家の『白い真珠』じゃないとダメなの」 彼女は身を乗り出し、その目は狂気に満ちていた。 「どこにあるの、マリーナ?二つ目の真珠。魂の真珠は」 私は弱々しく首を振った。 「まあいいわ。どうせ一日後には泡になるんだもの。あなたの死体から掘り出してあげる」 彼女は、私の血に浸した筆を、キャンバスに叩きつけた。 残り、二十四時間。 足の感覚がなくなっていく。終わりが、近づいていた。

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