生まれ変わりの暴れん坊お嬢様は甘くて激辛で、御曹司が腰を砕けるまで甘やかす
チャプター 1 裏切りの果て (パート1)

『緊急速報です。 国道257号線で追突事故が発生。 飲酒運転のトラックが前方のタクシーに追突し、タクシーは横転。 負傷者の状況は不明ですが、目撃情報によりますと、車内には臨月の妊婦が乗っていた模様です』 鼓膜を直接殴りつけるようなサイレン、悲鳴、軋む金属音。 あらゆる騒音が渾然一体となり、白川南音の世界を塗り潰していく。 鼻腔の奥までこびりつく、生々しい血の匂い。 朦朧とする意識の淵で、彼女は最後の力を振り絞りスマートフォンを掴むと、ひとつの番号を押し出した。 コール音が途切れる寸前、か細いノイズと共に通話が繋がる。 受話器の向こうから響いたのは、 聞き慣れた女の声だった。 『白川南音さん? ごめんなさい、 奏真くんなら今シャワー中なの。 電話、 代われないわ。 どうしたの? 何か急用?』 その声が耳に届いた瞬間、 南音の心臓は氷水に突き落とされたかのように冷えきった。 朝倉雪織! また、この女。 奏真が幼い頃から実の妹のように慈しんできた義妹。 この女の存在が、奏真を自分から遠ざけた。 電話番号をブロックさせ、出産を目前に控えた今日でさえ、彼は自分をないがしろにし続けている。 南音は固く目を閉じた。 下半身から生温かい液体が流れ出す感覚。 それは、腹の子の命そのものが零れ落ちていく感覚だった。 全身を貫く激痛に耐えながら、 彼女は懇願した。 「助けて…… 257号線…… 子供を、 助けて……」 言葉を紡ぐことさえ、もはや限界だった。 突然の事故で道路両脇のガードレールはなぎ倒され、国道257号線は完全に封鎖されている。 前後の車は身動きが取れず、救急車の到着も絶望的だ。 ヘリコプターの出動要請は手続きが煩雑で、到底間に合わない。 だが、南音は知っていた。 朝倉家がプライベートヘリを所有していることを。 奏真が今すぐ飛ばしてくれさえすれば、まだ助かる望みは残されている。 『ごめんなさいね、白川南音さん。 奏真くん、今日は私の誕生日の準備で大忙しなの。 あなたの相手をしている暇なんてないのよ』 残酷なまでに無邪気な声色が、死刑宣告のように響いた。 電話は、プツリと一方的に切られた。 南音の意識が、がくりと闇に崩れ落ちる。 鼻を刺すガソリンの匂いが、爆発の危機が迫っていると本能に警告していた。 だが、彼女はふと、すべてを悟った。 死を目前にして、これまでの二十五年間の人生が脳裏をよぎる。 その半分以上を、自分を愛さない男に愛を乞うためだけに費やしてしまった。 かつては白川家の令嬢として蝶よ花よと育てられた身も、今や世間の笑いものに成り果て、その身に恥辱を刻んだ。 白川家の全財産を投げ打っても、奏真の心のかけらひとつ、手に入れることはできなかった。 もう、疲れた。 彼を愛し続ける気力など、とうに尽き果てていた。 この人生が教えてくれたのは、自分がいかに人を見る目がなかったかということだけ。 もし来世があるのなら、二度とこの過ちは繰り返さない。 彼女は、消えゆく意識の中で固く誓った。 「奥様、 今夜のチャリティーオークション、 本当にこちらのピンクのドレスをお召しに? 社長は…… その、 丈が短すぎますし、 房江は立ち止まり、それから優しく続けた。「このショートドレスは、少しカジュアルすぎるようですね。」 別のものになさった方がよろしいかと存じますが……」 家政婦の田島房江は言葉を濁しながらも、やんわりと諫言を続けた。 そう言って、鏡の前に立つ主人の反応を不安げに見守る。

チャプター 2 裏切りの果て (パート2)

長年、朝倉家に仕えてきた房江は、南音がどれほど奏真を深く愛しているかを知り抜いていた。 彼の気を引くためだけに、南音は彼の好みに合わせて、生活のすべてを捻じ曲げてきたのだ。 鏡に映る、見慣れたはずの自分の姿。 それを見つめるうち、南音の心臓が警鐘のように鳴り響いた。 自分は死んだはずではなかったか? このチャリティーオークションは、三年前の出来事のはずだ。 まさか……自分は、時を遡ったというの? 「奥様?」 房江の訝しむ声に、南音ははっと我に返った。 「あと一時間もすれば、社長がお迎えにいらっしゃいます。 お支度を急がれませんと! こちらの白いドレスはいかがでしょう? こちらの方がずっと上品で……」 南音の瞳に、確かな光が宿った。 唇の端に、微かな笑みが浮かぶ。 このオークションは、海ノ宮で最も神秘的で古い家柄である一ノ瀬家が主催するもの。 表向きは上流階級の社交の場だが、その実、各家が一ノ瀬家に対し自らの格を示すための実力の見本市でもあった。 一ノ瀬家は何よりも家族の絆を重んじる。 だからこそ、体面を繕うため、奏真は彼女を伴侶として連れて行く必要があったのだ。 前の人生の自分は、雪織が奏真の関心を独占することにただ嫉妬していた。 彼の気を引こうと、必死に雪織のファッションや立ち居振る舞いを真似ていた。 しかし、その痛々しい努力は、かえって彼に疎まれる結果しか生まなかった。 このオークションで、奏真は自分に断りもなくエメラルドのネックレスを持ち出し、気前よく雪織に贈った。 そして、それを身に着けさせた彼女を伴って会場に現れたのだ。 南音がネックレスを取り返そうとすると、奏真は彼女を嫉妬深い女だと罵り、社交界の晒し者にした。 人生をやり直せるのなら、奪われたものはすべて取り戻す。 彼女は心に決めた。 過去の記憶を反芻しながらも、南音は氷のように冷静な声で言った。 「オーダーメイドのベージュのドレスにするわ。 あのエメラルドのネックレスが、よく映えるはずよ」 長年、雪織の猿真似を繰り返すうち、厳格な躾を受けて育った白川家の令嬢としての矜持を忘れかけていた。 たかが富豪の養女ごときに、我を忘れて張り合っていたとは、なんと愚かしいことか。 房江は心配そうに眉を寄せた。 「ですが、 社長は普段そのような格式張った装いをお好みになりませんし…… それに、 あのエメラルドのネックレスは、 大奥様からの大切な頂き物で、 ご結婚式でさえお着けにならなかったものでは? オークションには少々、 華美に過ぎるかと……」 「ネックレスは私が持ってくる。 あなたはドレスの準備を」 南音は房江の懸念を一蹴し、すくと立ち上がった。 「それから、クローゼットにあるドレスはすべて処分して。 新しいものと総入れ替えするわ」 房江が驚きに目を見開くのを背に、南音は奥の部屋へと向かう。 一瞬ためらった後、房江はその指示に従った。 奏真の迎えを待つことなく、南音は自らガレージからランボルギーニを出し、直接会場へと車を走らせた。 チャリティーオークションは、水辺に佇むプライベートな邸宅で開催された。 夕陽の光を浴びて車から降り立った、オーダーメイドのベージュのドレスを纏う南音の姿は、見る者の息をのませた。 身体のラインを拾うドレスは彼女のしなやかな曲線美を際立たせ、モダンに結い上げた髪と気品あるメイクが、洗練された魅力を一層引き立てていた。 彼女が車のキーを係員に手渡した、その時。 スマートフォンが震えた。 ディスプレイには「朝倉奏真」の四文字が執拗に点滅している。 南音は嘲るように鼻を鳴らし、迷いなく通話ボタンを押した。 途端に、電話の向こうから怒声が叩きつけられる。 『誰の許可を得て、あのエメラルドのネックレスを持ち出したんだ?』

チャプター 3 チャリティーオークション (パート1)

受話器の向こうから響いた奏真の声は、まるで盗人をとがめるように厳しかった。 「どこにいる? 「雪織があのネックレスをつける約束なんだ。 今すぐ持って帰ってこい!」 会場の入り口で招待状をスタッフに渡しながらも、南音は電話口で氷のように冷ややかな声で言い返した。 「このネックレスは白川家から持ってきた私の嫁入り道具よ。 いつから他人がその使い道に口出しできるようになったのかしら? それとも、 朝倉家は妻の嫁入り道具を当てにしなければならないほど落ちぶれたの?」 奏真は一瞬、言葉を失った。 いつもは黙って耐えるだけの南音が、これほど鋭く反論してくるのは初めてのことだったからだ。 やがて、彼は氷のような声色で凄んだ。 「白川南音、最後通告だ。 今すぐネックレスを返せ。 さもないと、俺を本気で怒らせたことを後悔させてやる!」 これまでの経験上、奏真がこの冷たい口調になるのは、忍耐が限界に達した紛れもない合図だった。 その後に続くのは、決まって連絡先のブロックと、少なくとも一ヶ月は続く冷戦。 南音がどれだけへりくだろうと、彼が顔をほころばせることは二度となかった。 奏真のわずかな機嫌を取るため、まるで犬のように媚びへつらっていた前世の自分。 その記憶が蘇り、南音は胃の腑からせりあがってくるような強烈な嫌悪感に襲われた。 「なら、私からも最後に言わせてもらうわ。 妻の嫁入り道具で他の女のご機嫌取りとは。 朝倉奏真、あなたは代表取締役?それともただのヒモかしら?」 南音はそう冷たく言い放つと、「好きに怒ればいいわ。 もう私には関係ない」 と続け、 一方的に通話を断ち切った。 いつも電話を先に切るのは奏真の方で、南音から切ったことなど、ただの一度もなかった。 その隣で、 雪織が不安そうに眉を寄せた。 「奏真さん…… 南音さん、 私がオークションに行くから怒っているの? だからネックレスを貸してくれないのかしら?」 その言葉は、奏真の怒りの火に油を注ぐだけだった。 彼は鼻を鳴らし、吐き捨てる。 「俺の気を引こうと、駆け引きしているだけだ。 うちに来てたった一年で、嫉妬深く計算高い女になり果てたな!」 南音が頑なにネックレスを渡さないことに内心で焦りと苛立ちを募らせながらも、雪織はあくまで悲しげに、深く傷ついたという表情を繕った。 「もういいわ、私、オークションには行かない。 ネックレス一つのことで南音さんがあれほど怒るなら、私があなたのパートナーとして行ったら、どうなってしまうか……」 「発狂したいならさせておけ。 恥をかくのは白川家で、俺たちじゃない」 奏真は怒って言った。 奏真は怒りをぶちまけた後、一転して優しい手つきで雪織の髪を撫で、囁いた。 「心配するな。 お前があのエメラルドのネックレスをつけ、今夜の主役になるんだ」 その言葉に、雪織はぱっと瞳を輝かせ、奏真の胸に飛び込んだ。 「奏真さん、大好き!」 南音がオークション会場に足を踏み入れると、専門のスタッフが彼女のもとへ歩み寄り、丁重に尋ねてきた。 「朝倉様、今回オークションにご出品されるお品物について、お伺いしてもよろしいでしょうか?」 南音は足を止め、静かに答えた。 「朝倉家としてではなく、私個人の名で寄付をしたいのです。 可能でしょうか?」

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